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[1]
プロローグ
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投稿者:Lore
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(2007年09月20日 (木) 22時41分) |
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アデルバート=B=クラウゼルは、緊張した面持ちで分厚い鉄の扉の向こうを見ていた。 ここはクラウゼル城、玉座の間。 兵士達は玉座に座する王の前に扇状に並び、各々の槍を構えている。 王も、兵士も、ここにいる全員が扉の向こうを凝視していた。
「なんて奴だ……たった1人で城の守りを突破し、ここまで来たというのか……」
「我等以外の兵士は皆、扉の前で戦っております……しかし何時までもつか……」
王の呻きに、兵士の1人が答えた。
その時、異変が起きた。 玉座の間とエントランスホールを隔てる大きな扉が、一瞬にして消えたのだ。 その直後の轟音で、事実はそれとは異なることを全員が認知する。 鉄の扉が、まるで紙屑のようにひしゃげ、固い石床の上に転がっていた。
扉は凄まじい衝撃で吹き飛ばされたのだ。
扉の向こうは煙に包まれ、何も見えなかった。 王と兵士達は固唾を飲んでその向こうを見つめた。
煙の中に、1人の影が浮かび上がった。 兵士達は反射的に槍を向ける。 乾いた足音と共に影が濃くなっていき、煙の中からその姿を現した。
長い蒼碧の髪。 異国風の青い服装。 男性とも女性とも取れない顔。 耳の代わりに小さな白い翼。 そして、魔術の素養の低い者でもはっきり感じ取れるほどの、強大な魔力の波動。
「こんな謁見の仕方で失礼します、クラウゼル王」
侵入者は恭しくお辞儀をした。 しかしどこか白々しい。
「…お前は何者だ」
王は最大限の威厳を持って、侵入者に問うた。
「ふふふ……物語の配役ですら無いキミに、名乗る名前は無いよ」
侵入者は不遜な態度で、王に向ってゆっくりと歩を進める。 すぐさま兵士達が侵入者を取り囲み、槍を向けた。 しかし侵入者は、兵士達など見えていないかのように、歩を進めることを止めなかった。
次の瞬間、何の前振りも無く、兵士達は吹き飛んだ。 1人は天井に叩き付けられ、1人は壁に激突し、1人はコマのように回転して地面に落ちた。 兵士達は皆、一瞬の悲鳴すら上げず、絶命した。
「………ッ」
王はごくりと唾を飲んだ。 そんな王を嘲笑うかのように、侵入者はさらに歩を進める。
「……あぁ、そうだ」
侵入者は突然、そう呟いて歩みを止めた。 そして何か良い事を思いついたような、子供のような笑みを浮かべると、くるりと翻り王に背を向けた。
侵入者が右腕を中空に翳すと、濃い紫色の光の玉がそこに現れた。 光の玉はひとりでに浮かび上がると、弾けるように8個に分裂した。 そして、光の玉はそれぞれ兵士達の亡骸の中へと吸い込まれた。
魔力を用いて様々な事象を起こす術……魔法、だ。
王は、目の前で起きた事象に、自分の目を疑った。 すでに息絶えたはずの兵士達の身体が、緩慢な動作で起き上がったのだ。 しかしその目は虚ろで表情が無く、動きも人間味が無い。
生き返った? いや、これは……
「さすが、賢王と名高いクラウゼル王だ……理解したみたいだね?」
兵士達が、王をじりじりと取り囲んでいく。 殺意も敵意も何も無く、ただただ、動く。
王は、自らの死を悟った。 しかし、玉座から動こうとはしなかった。 それは…王としての誇り、そして国を預かるという責任から来る行動だった。
「ふふふ……最後の瞬間まで王として生きる、か。 あなたのその誇り高い行為に敬意を表して、私の名前だけでも教えてあげよう……」
兵士達の槍が、王を肌を切り裂くところまで迫った。 彼らの腕に、偽りの力がこもる。
「私の名はジョーカー=デスバイブル……この世界の王、いや神となる者」
王は、断末魔の悲鳴すら上げなかった。
同日。 クラウゼル城が、浮いた。 文字通り、地面を刳り貫き、重力法則を無視して空中に。
その報せは、瞬く間にニーズヘッグ大陸中に広まった。
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