[10] ヴァールの憂鬱 投稿者:OD (2007年10月09日 (火) 21時10分)
サントシームの風、三階。
その一室に一人の女が泊まっていた。
彼女はベッドに腰掛け、窓の外からクラウゼル城を見た。
そしてその後ため息をついた。

彼女、ヴァールは傭兵である。
クラルゼル城陥落の情報を聞きつけ、相棒のヴァーリとともにこの大陸へと渡ってきたのである。
だが、その相棒は今隣国のアムニ王国に滞在している。
クラウゼル城を陥落させたジョーカーとやらの動向が予測できない以上、このように分散させて情報を集めるしかない。
しかし彼女は暇であった。
上半身をベッドに横たえ、思索するように目を閉じる。
彼女が暇であるのには二つの理由がある。
一つは情報がまったくといっていいほど入ってこないこと、そしてもう一つは彼女の欲望を満たす相手が存在しないということである。
町の大部分の人間が逃げ出しているこの状況下では彼女の欲望を満たせる人間などいない。
この状況が続けばそれは苛立ちに変わりそうだということは彼女も気がついていた。
とはいえこのまま部屋の中に居ても何も変わらない。
彼女は体を持ち上げるとそのまま廊下へと歩き出す。
そして同じ階のとある部屋のドアの前で足を止めた。
彼女にとって興味のある話が聞こえてきたからである。
そのまま彼女はドア越しに話を聞いた後、廊下の端に移動して、金髪の男が部屋から出て行くのを見た後、鍵穴から部屋の中を覗いた。


どうやら自分の欲求は一度に解消されそうね、と彼女は心の中で微笑を浮かべた。



[11] 旅立ちに向けて……。 投稿者:ベル MAIL HOME (2007年10月12日 (金) 22時39分)
 ジャスティンは部屋の中で、一週間前と同じようにぼんやりと窓の外を眺めていた。
 左腕の痛みは引いている。もう、十分に剣を振るうことができると確信めいた物を抱けるまでに。




 ジャスティンは待っていた。
 一緒にここへ逃げてきた忠実な従者であり、礼節が服を着ていると表せるほど厳しい自分の先生であり、今唯一心を許せる親友を。
 朝食を済ませたら直ぐに腕の立つ傭兵、旅人の情報を収集しに街を奔走していたラファエルは、殆ど毎日夜に帰ってきては、新しく雇い入れた人間の報告、その人間の性格などを詳細かつ簡潔にジャスティンに報告していた。




 ぼんやりと外を眺めるのも飽きてきたので、向けた視線はそのままで、彼はこの一週間の報告を回想し始める。




「嘉邑ジン……武器なども拝見しましたが、前衛も後衛もどちらもこなせる方ではないでしょうか。能力としては十分すぎると考えても大丈夫です。心強い戦力であると私は思います。ただ……」
「ただ?」
「もともと口数が少ない方なのか、得体の知れない所がまだまだ数多くあります。町の人間にそれとなく聞き込みをしてみても、矢張り無駄でした。半分人で半分鬼……、鬼はとても好戦的な性格と聞きますし、思わぬところで足元を掬われる可能性が無いとは云えません」
「なるほど。……その様子だと随分苦労したみたいだね」
「いえ、そんなことは」


 首を横に振り、否定していたラファエル。
 だがそれは、自分を安心させるためにわざと言っているのだとジャスティンは気づいていた。
 何か困ったことがあると、ラファエルは長く目を閉じながら喋る癖があるのだ。
 腕が立つ人間がいればそれだけ冒険が楽になるのは当然だ。
 だが矢張り金で雇った、雇われたという関係である、何が起こるかわからないという心配もある。
 動向に少し注意しなければならないかな、とジャスティンは思い、そして次の人物についての情報を思い出す。


「ルクラ=フィアーレ。メイジの少女です。現在この宿に泊まっているので王子も見たことがあると思います」
「あぁ……あの小さな子かい?大きな帽子を被った……」
「えぇ、その通りです。……潜在能力は凄まじい物を感じました。ですがお世辞にも実戦で役に立つとは云えないでしょう。街で聞き込みをしてみましたが、商店の看板娘のような役割をしていたとのことですし……」
「そんな子をどうして雇ったんだ……?」
「お恥ずかしい話ですが……先ほどお話した嘉邑ジンを雇い入れる金銭が足りなかったのです。其処に彼女は目をつけて、自身の持ち物である宝石を渡す引き換えに雇え、と。無論彼女もこの旅についての覚悟はあるようでしたし、この状況です。嘉邑ジンのような実力者を逃すわけには行きませんでした」
「……そうか」


 この話をしている間もラファエルは目を長く閉じながら喋っていた。
 確かに、困るのも無理は無い。
 猫の手も借りたいような状況だが、そんな少女までこの旅に巻き込むことに、ジャスティンは正直戸惑いを覚えていた。
 大丈夫だろうか、と不安が湧いてくるが、次の人物について思い出すことでそれを無理やり押さえ込む。


「ゼーレ・M・ファンタズム。ギルド組織【ファントム】からの使いで私たちに協力するとの話です。実力は定かではありませんが、前衛をこなせるようです。……仮にも組織に所属する人間です、期待を裏切るような結果にはならないでしょう」
「既にそんな組織にも話は伝わっているんだね」
「えぇ。今回は私たちに味方をするような口ぶりでしたが、アフトクラトルのこともあります。油断はしないで下さい、王子」
「あぁ……わかっているよ」


 純粋にジョーカーの存在を危険視してのこともあるだろうが、ラファエルの言う通りアフトクラトルの力を狙ってこちらに接触した可能性も捨てきれない。
 人を雇うというのは、こんなにも大変なのかとジャスティンは改めて思い知った。
 視界を、手元においてあるアフトクラトルに向けて、再び窓の外へ戻す。


「ラキス=F=アブソリュート。この方も幼いのですが、実力は十分あるでしょう。何か一つのことを極めた人間……ただの少年でないことを物語っていました」
「……思ったんだが、随分子供が多いみたいだね」
「どういうわけか……。私も少々傭兵や旅人について認識を改めなければならないかと」
「まぁ、力を貸してくれるというのならありがたいね」


 何か一つを極める。
 自分達より一回りも小さいような少年が、既に何かを極めていると言う事実に少々驚く。
 心強い存在なのだろうかな、と半信半疑ではあるが、ジャスティンはいい加減でそれを切り上げて、最後の人間に関しての報告を思い出し始めた。
 

「ファル=スターダスト。王子も何度か見かけていると思います。この宿の厨房で働いている方ですから」
「あぁ、何度か話したことがあるよ。随分落ち着いた雰囲気を持っている人だろう?僕より大人びた性格だったよ」
「では、剣の腕が立つという話もご存知でしょうね。場合によっては契約を打ち切るという条件でしたが、了承は得ることが出来ましたので雇いました」
「打ち切る条件、というのは?」
「戻るべき場所がある、と本人は仰っていました。詳しくはわかりませんが」

 
 戻るべき場所、ジャスティンとラファエルなら平和を取り戻したクラウゼル城だ。
 落ち着き払ったあの少年も、何か深い事情を抱えているのだろうか。




 ラファエルが雇った人間についての情報を全て思い返し、再び暇な時間が訪れるかとジャスティンは思った。
 と言うのも、この部屋でぼんやりとしているのはジャスティンの意思ではない。


「私が雇い入れた人間を食堂に集めますから、王子はそれまでここでお待ちになっていてください」
「いや、僕も一緒に行っても特に問題は無いと思うんだが……」
「お怪我に響きます」
「いや、もう治って――」
「響きます」
「………………」


 妙な心配性を見せたラファエルが、無言の圧力をかけたためしぶしぶ従っていたのだ。
 時たま見せる異常なほどの過保護精神、それさえなければとジャスティンはため息をつく。
 



 その時ノックが三回響き、丁寧にドアが開いた。


「お待たせ致しました、王子。雇い入れた傭兵、旅人を全て食堂に集めて参りました」
「ありがとう。待たせるのも悪い、早速行こうか」


 待ちかねたように立ち上がったジャスティンに、軽く一礼をするラファエル。
 ジャスティンを先頭にして二人は部屋を出て行った。
 誰も居なくなった部屋に差し込む光は、眩しいぐらいに輝いていた。




 丁度太陽は、真上に昇りきっている。
 



 二人が一階の食堂に入ると、ラファエルの言葉どおり雇い入れた人間が全て集まっていた。
 壁に寄りかかり、目を閉じたまま微動だにしない嘉邑ジン。
 椅子に腰掛け、床に届かない足をぶらぶらと遊ばせつつ、忙しなく視線を動かし、何度も胸に手をあてて深呼吸をして自身の緊張を和らげようとしているルクラ。
 窓辺に立ち、掌の中に納めたロザリオが光を受けて輝く様をぼんやりと眺めるゼーレ。
 ラキスはテーブルに出された料理を幸せそうな顔で平らげているところだった。
 エプロンを取り去り宿の主人に手渡したファルも、大きく伸びをしてから椅子に腰掛けている。
 食堂の隅には、彼ら一行の動向を探ろうと静かに食事を取るヴァールが居た。


「お待たせ致しました」


 ラファエルの声が食堂に響き、一同は一斉に視線をこちらに向けた。
 明らかに町の住民とは違う雰囲気を持つ彼らに、ジャスティンは奇妙な緊張を感じていた。
 だが雇い主と言う立場上、それを表に出すわけには行かない。
 一歩踏み出し、ジャスティンは口を開く。


「まずは、困難な依頼であるにもかかわらず協力を申し出てくれた皆に感謝する。僕が君たちの雇い主になる、ジャスティン=B=クラウゼルだ。……既に彼、ラファエルから事情は聞いていると思うが、僕達の目的はただ一つ。ジョーカーを倒し、クラウゼル城を奪還することだ」
「その、ジョーカーを倒す手段……それはそちらに御座いますのでしょうか?」


 ロザリオをしまいこみ、ジャスティンに向き直ったゼーレが問う。
 

「ある。僕が持つ剣……これがそうだ」
「……成る程。わかりました」


 丁寧にお辞儀をすると、ゼーレは柔らかな笑みを浮かべた。
 普通の人間が見れば落ち着くはずのその笑顔も、どこか余裕を見せる笑みに見えて仕方が無い。
 今のジャスティンには警戒心を少々高める結果に終わってしまう。




 アフトクラトルの力を狙って接触したギルドの人間かもしれないのだ。




 疑心暗鬼はよくないが、かといって初対面の人間を信用するほど彼は甘い考えの持ち主ではなかった。
 一度全体を見渡し、特に口を開く者が居ないのを確認する。

 
「だが、ここで準備を整えて直ぐにクラウゼル城には行かない。そもそも、その手段が見つかっていないからだ。それに、先にやるべき事がある」
「やるべき事、と言うと?」


 隣で飲み物を飲んでいる、未だ幸せそうな顔をした少年を横目で眺めた後、椅子に楽に腰掛けたままのファルが問う。


「さっきジョーカーを倒す手段がある、と言ったね。……だけど、その手段は今僕達が持っている物ではない。クラウゼル城に伝わる伝説だが、このニーズヘッグ大陸に散らばる四つの聖印……それをこの剣に刻み込んで初めて手に入る力、それを手に入れることが先決になる。……だからまずは聖印の入手を行う」
「……その話、信用できる物なのか……?」


 黙って話を聞いていたジンが、低い、だがしっかりと通る声をあげる。


「……信用してくれ、としか言えない。だが、ジョーカーを倒すための一番現実的な手段だ」
「……一番現実的な手段がおとぎ話か……難儀だ……」


 再びジンは目を閉じる。
 先ほどの話で、何人か降りるのではないかと言う心配もあったのだが、どうやらそれは無い様だった。
 ジャスティンは態度には出さないものの、胸を撫で下ろす。


「……僕からの説明は以上だ」
「ここから先は私が」


 ジャスティンに椅子に座るよう勧めてから、ラファエルは喋りだした。


「先ほどおう……いえ、ジャスティン様が話されたとおり、私達が手に入れるべき聖印は四つあります。場所は全て把握しておりますのでご安心を」
「具体的には、どこにあるのでしょうか?」
「このサントシームの街の南に広がる大森林の奥深くに土の聖印、南西に広がる海の中に水の聖印があります。アムニ王国方面から登ることのできる風の山脈に風の聖印、真南に位置する島の火山……劫火の壷に火の聖印が」
「なかなか、無茶な場所にあるような気がするんですけれど……?」


 料理を食べ終え一息ついた少年、ラキスが始めて口を開く。
 ラファエルは軽く頭を振って答える。

「確かに、海の中や島の火山……どう到達していいのかわからない場所もあります。船はアムニ王国に行けば、ここのような法外な値段ではないので利用することができるでしょうが、先ほど挙げた場所に行くような人物が居るかはわかりません。……ですが、やらなければ何も始まらないでしょう」
「い、今できることをするんですね」


 なかなか話すタイミングが掴めなかったのか、少し詰まりながらルクラが始めて口を出す。
 ラファエルはその言葉に、小さく頷いた。


「そういうことです。今私たちがやるべきことは、食料、水の確保、そしてそれを運ぶ荷馬を二頭ほど手に入れること。……今のサントシームでは恐らく一番困難な準備でしょうが、やらないわけには行きません。できなければ何時まで経っても出発できないことになりますから」

 
 一同の表情が強張る。
 戦いは手馴れた人間ばかりだが、商談に慣れている人間はあまりに少なかった。




 暫く沈黙があたりを支配する。
 隅で食事を取る女性が操るナイフとフォークの音がやけに響いているように聞こえる。


  

 そんな空間に響いた、くぅという可愛らしい音。


「え、あ……ご、ごめんなさい……」


 一斉に一同が視線を向けた先には、恐らく音を出した自身が一番驚いていたのだろう、顔を真っ赤にしたルクラが居た。
 そんな様子を見て、ファルが苦笑いしつつ切り出した。


「とりあえず……まずは腹ごしらえしません?食事しているうちにいい案が出たりしそうですし……」
「……そうですね。私たちもまだ昼食を取っていませんし、それからでも遅くは無いでしょうね」
「ですね、まだ食べ足りません」
「……あれだけ平らげたのによく言う……」
「ふふ……」


 ルクラのお腹の音で妙に緊張感が消えてしまった一同は、お互い苦笑いしつつ席に着いた。
 

「さて、それじゃ。ご注文をどうぞ」


 いつの間にかエプロンを再び身に着けたファルが、どこから出したのかペンと紙を持ったまま一同に笑いかけた。

  



[12] その男猥雑につき 投稿者: (2007年10月16日 (火) 23時59分)
「ふー、満足満足!」

ベッドに横たわる2人。熟睡している女性の腰に手をまわし、ラウルはご満悦げに笑った。







……よう、お待ちどう! 俺ァーラウルってもんだ。


さてさて、ここ数日までは上り調子で良かったんだが……その後がよくねーんだな。
まず、軽くそのあたりの経緯を整理しとこうか。


俺がこの磯くせー街に来たのはもちろんただひとつ。
サントシームには可愛いオアたくましいオア清楚素敵な女性で賑わってるってウワサ!
可愛い子に弱い俺は、遠路遥遥とホイホイやって来たワケだ。


噂通り、潮焼けしててたくましいー美人ちゃん(ブスは無視だがな)をいっぱい発見。
ついでに補足しとくと、商店も繁盛してるみたいだな。店周りの娘は色白が多い。

で、俺のカリスマで順調に5人目をげーっつ。お互い良い気持ちさせてもらったワケだが、その矢先――



例の、城浮き事件よ。一息ついた翌朝にその娘から教えてもらった。
ま、正味俺はどうでもいいことだと思ってたが、それから数日で街が
目に見えて閑散としてきやがった。
女の子も目に見えて減っちまったし……じゃあ帰るか。

と思っても、しばらくここに居座って、テキトーに日銭稼いでうはうはしようと思ってた矢先だ。
帰る金もねェし、かと言ってもうここにメリットも無い。
とりあえず女の子と別れて、ブラブラその辺を散歩することにした。



と、これがここまでの経緯だな。
しかし、そこは流石の俺。
街中で面白い情報を手に入れたわけだ。


『王子の側近が、人材集めに走り回っている。既に何人かの有志が募っているらしい』


ふーん。どうやら、城が浮いたことと関係がありそうだな。
それにしても、クサい。王子といやあ、確かパンフに顔が載ってたよーな気がするな。
……ま、どうでもいいか。むしろ気になるのは後の話だ。

何人かの有志。仮にも王子の下に従う人間が集まるなら、ちったあ腕利きの奴もいるだろうな。
むさい野郎しかいないのはゴメンだが、最近は女手の傭兵もいるもんだし――と?
いや、待て待て、王子の仕事を手伝ったとなりゃ、金もザクザクは当たり前。綺麗所もよりどりみどりじゃね?

どうせ金も無けりゃ女っ気も無い、素寒貧の俺にゃ行くアテ無し。
目の前にぶら下がった餌を逃がしていいのか? いや、絶対にノーだな。


――そうと来まりゃ、早速下見にいきますか!









元来噂ってのは広がりやすいものだからな。結局、もう少し情報を
集めてみりゃ、「サントシームの風」とか言う宿に滞在していることが分かった。

で、今俺は例の宿の前にいる。
年季の入ってる戸をくぐる。食堂の方から声が聞こえるな。ふーん、複数だ。
多分ここだろ。



腹が決まりゃ、さっさと行動! 食堂へ入った。



「ういーす」

「はい?」

あ、いつもの調子で入っちまった。ま、いいだろ。
なりゆき、大半の視線がこっちに来た。
まず目に入ったのが一番傍で、ぽかんと口を開いたエプロンを着た子供。次いで貴族っぽいのが二人。
間違いなくこの二人がアレだな。

で、後は……ん? 子供、子供、子供……。やけにガキばっかりだな。後は見向きもしてないのが一人。
それで、奥にいるのが、――うおお!!

両手をポケットから抜き出して、ズカズカと歩む。
一直線にテーブルの横を通り抜け、目標の一席の前で止まった。
途中、連中が何か言ってた気がするが、無視だ無視。まずは据え膳だ。





う〜む、美人だ。まじまじ見ると実に美人だ……。
寄るとよく分かる、鼻に届く芳香。髪の間から覗く涼しい表情。


「よし、グッドだ!」


思わず口に出てしまった。ま、本当のことだしな!
やっぱり、来てみるモンだな。この娘がいるなら多少の厄介ごと、屁でも無い。
ふっふっふん、道中に篭絡して……後はウハウハだー!!


「――すみません!」

「うお! ……なんだァ?お前」

ぐりっと振り返ると、目の前にさっきのエプロン君がいる。
ヘッ、この声は野郎だな。どんなに可愛く見繕っても、俺の目はごまかされん!
ふーん、何回も呼びましたが返事されていませんでしたし、と。


「失礼ながら、あなたは何者ですか?」


むむ、マセたことを言やがるガキだ。しかし、そいつも仕方ないか。
見回す限り、他の奴も歓迎って言うか警戒のムードだな、こりゃ。
だがこいつ等は別にどうでもいい。それより、この娘だ。


「あァ? 決まってるだろ。アンタ等に加勢しにきたんだよ」

「……なるほど」


再度、さっきから黙りこくったままのお嬢ちゃんへ視線を下ろす。
うーん、じっくり見てると変な想像が出て来そうだな。
あ、そういや昼飯。食べてなかったな。ついでに腹ごしらえもしとくか――。


「無理ですよ」

もう一度視線を戻すと、最初に見たメガネの方の貴族がいた。いつの間に来やがった。
何が無理なんだ、と口にする前から言葉で塞がれた。

「そちらの方は、私達の仲間ではありません」

「…………何だとー!?」


一杯食わされた!ってやつだ。俺はこの娘がいること前提で意気込んでたっつうのに……。
さあ、どうするよ。それならそうで、もう帰りゃいいが、金も無ェし。
でも、女っ気も無いガキグループに誰が入るかっつーの!


「チィ、それ、ほんとかよ……むむむ」

……結局俺は、この場でうろたえるしかなかった。
願わくば、この美人が加入してくれることを祈りつつ。



[13] 悪夢 投稿者:卯月 (2007年10月20日 (土) 23時01分)
ジンは煩くなり始めた食堂から抜け出し自分の借りた部屋で旅立つ準備をしていた。ベッドの上に刃物や銃器が散乱している。如何やらベッドが物置になって居る模様。普段はどうやら椅子に座りながら眠っている模様。普通ならもう体のあちこち痛んで眠る所では無いがジンの場合はすでに慣れてしまった。

「・・・・・・チッ。」

とだけ舌打ちをして散乱したベッドの上を片付け始める。シーツの裏から銃弾が出てきたりした。途中で面倒になり餓鬼を使役して片付けさせた。
そして、ジンは窓を開けて身を乗り出す。
風が快い。後、少しでこの街から出なければ成らないと思うと名残惜しい気もしたがアレだけの大金を貰ったんだ。報酬以上の仕事をしなければ。
完全な鬼になったとしても。

そう決意し窓をしめると自分の顔が窓に写る。髪が伸び放題だと思ったが今更、切るのも面倒だと思い放置した。
振り向くと丁度、餓鬼共も片付け終わった様で奇妙な声を上げながら部屋中を飛び跳ね回っていた。ジンが見ると鬼門を開き勝手に帰って行ったが。

「行くか・・・」
そう呟くと髪を結いなおしながら部屋から出て行く。早く結わないともし連中に見られたら呪いの人形だとか言われそうだ。そうこうしている内に食堂に到着する。まだ、中から声がする。
あのラウルとか言う男の声が一番大きく聞こえる。まぁ、どうでも良いが。

「・・・入るぞ。」
其れだけ呟くと前、居た席には座らずにまた壁に寄りかかり腕を組むと俯き目を瞑る。端から見れば立ったまま眠っているかの様。
実際・・・かなり眠い訳だが。どうも最近は睡眠不足気味で・・・な。
暫らくするとジンは立ったままを寝ていた。



夢を見た。
自分が死ぬ夢を。目の前には小柄な男が不気味な笑みを浮かべながら突っ立っている所を。くたばった俺の抜殻を今まで使役していた餓鬼共が喰らう様を。そして、仲間が死んでいく様を。


「・・・・・・!・・・夢・・・か。」
嫌な夢だった。最近、と言うか傭兵として雇ってもらった時からこの夢を見始めた。幾ら死と隣り合わせの仕事をしているからと言っても仲間の死を見るのは耐え難い。敵の死ならば喜んでやる。

「顔色悪いですけど、どうかなさいました?」
ラファエルがテーブルからこっちを見て言う。

「何でも・・・無い。」
そう言って誤魔化すと壁に寄りかかりジンは立ったまま眠り始めた。



[14] 傭兵 投稿者:OD (2007年10月23日 (火) 23時54分)
「煩いわねぇ………」
それまで一行の前では一度も口を開かなかったヴァールが文句の言葉を口にした。
「それはすみません、何分こちらも取り込んでいるものですから…」
ウホッ、いい声…と言っているラウルを押しのけてラファエルが言う。

彼女はしばし沈黙の後、一行のほうに視線を向ける。
「そこのあなた………」
その視線はジャスティンの方を向いていた。
「僕……ですか?」
ヴァールは頷くと席から立ち上がり
「ちょっと廊下に来なさい……」
と、そのまま廊下に出て行った。

「王子、私が行きます」
彼女がアフトクラトルを狙ってきた刺客でないとも限らない。
それなのにホイホイついていくのは愚者のすることではあるが
「いや、僕が行く」
「しかし王子……」
「あの人は刺客かもしれないというんだろ?こんなことでいちいち引いていたらこの先進めないさ」
念のために、剣がすぐに抜ける事を確認してから廊下へと歩いていった。

「ちゃんと来たわね……」
ヴァールがジャスティンの方を向き直る。
「傭兵だの何だの騒いで居た様だけれど……何なの……?」
「それは………」
ジャスティンが口ごもる。
「私だって………」
ジャスティンの方へと歩みよる。
「………傭兵よ?」
「……え?」
彼女の容貌からそれはとても想像できない。
戦いなど到底似合わない、下手すれば儚ささえ感じさせる美女である。
「信用してないようね……」
当然である。
「それなら………こういうのはどうかしら?」
ジャスティンが一瞬不思議そうな顔をした。
だがその顔が次の瞬間、一気に険しくなった。
「うふふ…………」
ヴァールが微笑む。
しかし彼女から発せられる雰囲気は彼女の表情にそぐわぬものであった。
体に絡みつくような殺気がジャスティンを襲う。
その殺気に思わずジャスティンは剣に手をかけるが。
「ここでそれを抜いちゃだめじゃない……」
先にヴァールがジャスティンの剣の柄頭に手をかけていた。
驚いた表情でヴァールの顔を見るジャスティン。
「………これで信用してもらえたかしら…………」


ジャスティンはヴァールに今までのこと、そして現在の状況を話した。
その内容はヴァールが盗み聞いたものと同じである。
「嘘はついていないようね………」
ジャスティンに聞こえないように小声でつぶやく。
「それで………」
「わかったわ………」
「え」
「貴方に雇われてあげるわ……」
「い、いやいやいや」
「報酬は当分そっちの言い値でいいわよ……」
ヴァールが手をジャスティンの顎の下に置く。
「それで満足かしら………?」
蠱惑的な瞳でジャスティンを見つめた。


「ああ……」
ラファエルはその場をぐるぐる回っていた。
「王子ははたして大丈夫なのだろうか…」
「過保護だな……」
そのようなやり取りと同時にジャスティンが戻ってきた。
後ろにはヴァールが居る。
「貴方たちの仲間になることになったわ…………」
「え?」
突然の発言にラファエルが戸惑う。
そしてそれを聞きつけとっさに行動を起こす者が一人。
「やあ!俺はラウル、フリーの傭兵さ!俺もここで頑張るから一緒に頑張ろうぜ!」
見事な変わり身であった。



[15] 深淵の佇む森へ。 投稿者:ベル MAIL (2007年11月04日 (日) 22時21分)
「よし、皆準備は出来たね?」


 ジャスティンが後方に居る、雇い入れた人間達に声をかける。
 軽く片手を挙げて応答する者、笑みを浮かべる者、緊張で大げさに頷く者、様々な反応が帰ってきた。
 それを見たジャスティンは満足げな笑みを浮かべる。


「よし、出発だ!」


 言葉に従い、一行は森へ向かって歩き出す。
 真ん中の当たりには、立派な荷馬が二頭歩みを進めていた。


「おチビちゃん、馬に乗ったって別に構わねーぞ? 軽いんだし」
「ち……チビじゃないですっ! わたしにはルクラって名前がありますっ! そ、それにこのぐらいの道、歩けますよっ!」


 見事な転身を見せたお調子者、ラウルがルクラをからかう。
 それにむきになって反応する彼女を、余計に面白がって眺めている。
 そしてそれを呆れ顔で眺めていたラファエルは、ふと二頭の馬を眺め回想に浸り始めた。




 物価が不自然に高騰している現在の状況にも関わらず、十分な量の水や食料、そして荷馬を手に入れることができたのは、奇跡に近かった。
 その奇跡を引き起こせたのは、今一緒に歩いている多種多様な傭兵達のおかげだろう。
 サントシームで働いていたファルとルクラ、この二人のおかげで店主への交渉は順調に進み、普段どおりどころか、格安とも言えるべき値段で食料や水を譲ってくれた。




 問題は馬であった。




 もしルクラやファルが居らず、多少の値段が張っていようが食料や水は十分揃えられる程度の金額はあった。
 しかし馬となれば、その値段は思わず桁を数えなおしてしまうほどに酷く高値だったのだ。
 

「皆早く逃げたいから、足が欲しいのよ。良いじゃない、お金で自分の安全を買うようなものよ? あたしだって逃げたいのを抑えてこうやって他の人に馬を分けてあげてるんだから、感謝して欲しいぐらいだわ。……荷馬が欲しい? 生憎だけど、これも馬には変わりないの、そういって安い値で仕入れようったってそうは行かないわよ」


 いけしゃあしゃあと述べる店主の話にも確かに尤もな点がある。
 低く低くこちらが切り出しても、突っぱね返されるだけで万事休すかと思われた時だった。
 あのお調子者、ラウルが馬屋の女主人の前に躍り出て何事かを囁き始め――。




「(あまり好ましい交渉では無かったですが……眼を瞑りますか)」


 ラファエルは苦笑する。
 あっさりとラウルの話術に落ちてしまった女主人は、矢張りあっさりと馬を売り渡してくれた。
 桁の数が随分減ったなと、表情には出さなかったものの驚いたものだった。
 

「あーはいはい、小さいのに偉いでちゅねー?」
「ばっ……ばかにしないでくださいっ! たっ、確かに背はちい……さい……ですけど! あと二年もしたら、わたしの大陸では立派な成人の扱いなんですからね!」


 放って置けば良いものを、さっきから顔を真っ赤にして反論するルクラに、笑うラウル。
 ふと彼女が最後に付け足した言葉に、ファルが悪意は無い物の彼女の見た目から予想する年齢に二歳プラスした歳を頭の中に思い浮かべて。


「……八歳から成人?」


 などといったものだから、更に彼女は顔を真っ赤にして反論する。


「十四歳から成人ですっ!!!」
「十四……であと二年……今十二歳!?」
「……僕より年上だ」
「なにぃっ!?」


 最年少と(見た目からして)思われたルクラだったが、大人びた雰囲気を纏った少年、ラキスが実は最年少だったことに一同驚愕。
 それを見たルクラが更に腕をぶんぶん振りながら怒るものだから、思わず一行の顔には笑みが浮かび。
 賑やかな旅は始まったばかりであった。




 やがて一行の目の前に小さく映っていた森が、いつの間にか大きく其処に存在するようになる。
 帰らずの森、そう呼ぶのに相応しい大森林だ。
 一度そこで歩みを止め、じっくりと森を眺める。


「ここが……帰らずの森だね?」
「えぇ。名前の通り、深く暗い森です。はぐれないよう注意してください」


 森の入り口は、入り込む人間を飲み込むかのように暗く、深い。
 木々が光を遮っているため、入り口であっても闇の帳が下りたようになっている。


「それで……目的の聖印……それはどこにあるのでしょう?」
「森の奥に神殿があるそうです。聖印はその中だと。……神殿の詳しい場所はわかりません。ですから、一ヶ月は不自由なく食事ができる程度の水と食料を用意してあります」
「とにかく歩いて探すしかない……か……難儀だ……」


 ポツリと呟いたジンの言葉に、一瞬言葉に詰まってしまう。
 しかしそれをフォローするかのようにジャスティンが口を開いた。


「難しいことだとは思う。……だが、必要なことだ。皆で力をあわせて、頑張っていこう」
「案外近いところにあったりしてな! ボヤくより動こうぜ!」


 更にラウルが後押しして、一同は頷いてみせる。
 そして、森の中へ向けて力強く歩み始めたのだった。




 森の中は、地面に幾つもの木の根っこが張り巡らされ、暗いのも手伝って非常に歩きにくいものだった。
 馬は器用な足捌きでこともなげに通過していくのだが、人間達……つまりジャスティン一行は何度も足を取られそうになる。
 手に持ったカンテラを落としたら事だ。
 明かりが無くなって迷うか、もしくは明かりは新しくできるかもしれないがそれが最後の光景になりかねない。
 風が木の葉を揺らす音に、自らが出す足音意外は全くの無音。
 不気味であった。


「こんなに……歩きにくかったかな、この森は」
「一年ほど前に、兵士と一緒に訪れたことがありましたね……しかし、ここまで酷い地形だったとは思わなかったような覚えがあります」
「成長期なんじゃネェの?」
「それは妙です。木々はそんな短い時間で急成長など、できませんからね」


 ジャスティンやラファエルが首を傾げるのも無理は無い。
 何しろ彼らの記憶とは程遠い姿の森になっていたのだから。
 大きく膨らんだ木の根っこは複雑に絡まりあい、地面を隠しているのだ。
 ラウルも冗談を言ってみるものの、どこと無く可笑しな森に警戒心を抱いている。
 ゼーレは時折周りの木々に触れて見たりして、矢張り首を傾げていた。


「……足元、気をつけるんだよ」
「は、はいっ」
「大変だね……」


 手をついてまたがないと、引っ掛かって転んでしまいそうなルクラの姿を見て、乗り越えるのが、とは喉まで出かかったがラキスはこらえる。
 

「それにしても、この森……?」
「如何されました?」
「いや……よくわからないんだが、何か変だ……」
「そりゃ変だろ、木々が腹いっぱいになるまでパーティ開いてこんな事になってんだからよ。……ったく、ウザッてぇな……」


 根っこの様子は勿論だが、他にも何か可笑しな箇所を、ジャスティンの頭は感じ取っていた。
 それが何かは、わからないが。
 しかしそれをじっくり考える間もなく。


「……!」


 何かが集団で、森の中を駆け回っている。
 カンテラを掲げて辺りを照らすと、一瞬だけ小型の犬のようなものの影が見えた。
 気づいたときには、辺りから凶暴な唸り声が響き渡っている。
 餓えた動物の、獲物を見つけたときの喜びの声。
 一行はそれぞれの武器を構え、自分の足元と辺りに注意を配る。


「来ます!」
「雑魚が群れても無駄だぜ? かかってきやがれ!」
「炎は使わないで下さい! 火災になってはいけません!」


 ラファエルの忠告が終わると同時に餓えた狼、フォレストウルフが一斉に飛び出してきた。 



[17] 鬼の力 投稿者:卯月 (2007年11月05日 (月) 23時08分)


「邪魔だ。退け。」


大型のリボルバーを構えてジンは撃つ。反動を物ともせずに次弾を発射。其れに当たったフォレストウルフは悲鳴を挙げるまでも無く吹き飛び奇妙なオブジェが出来上がる。返り血を浴びながらもジンは更にウルフを屠って行く。離れて居るモノには銃弾を。飛びかかってくるモノはナイフで切裂く。
だが、思ったより数が多い。此処が森の中で無いのなら焼き払えば良いのだが場が悪い。

次第に一行は囲まれて行く。


「コレは幾らなんでも多すぎじゃねぇの?」


ラウルが言う。これ程にも数が多いと言う事は森の生態系が狂い始めて居るはず。何処にこれ程のウルフの餌が在るのだろうか?飢えて死ぬだろう。


そう言って居る間にもウルフは増えていく。一行は苦戦を強いられる。



「…今から…俺に近づくな…」

そうジンが呟く。聞こえたのは近くに居たジャスティンとラファエルのみ。聞こえた二人は早急にジンから離れる。異様な程の魔力が漂い始めたからだ。それに続き殺気も出る。次の瞬間、一行は目を疑う。ジンの背後に鬼の上半身だけが写っているからだ。



「取り合えずもっと離れましょう。」


ラファエルがそう言うと一行はジンと距離を開ける。20m程、離れると耳を劈く様な咆哮が森中に響く。恐らくジンのモノだろう。こんな大きな咆哮を上げる生物は森の中には居ない。

ラファエル達は自分の周りにいるウルフの相手をし始めた。



「…バラシテヤルヨ。」

瞳孔の開いた目でジンはウルフを見据える。其れと同時にウルフが飛びかかりジンの姿を隠してしまう。再び咆哮が響くと先程のジンが言った通りのウルフの死骸が飛び散る。あるウルフは輪切りにされ、あるウルフは木に突き刺さり変わったオブジェを作り出し緑の森の中に一瞬で血の池を作り出す。


その光景を見た雇い主であるジャスティンは恐怖を覚えた。
只者では無い雰囲気があったがこれ程の化物だとは思って居なかったのだ。


そんな事も知らずにジンはウルフを屠っていく。それでもまだウルフは減った感じはしない。

「…チッ…」


思わず舌打ちをする。魔力の限界が近づいている。鬼の力も消え始めて一撃の威力が無くなって来ている次第に鬼が消えていくのが解る。此処で消えてしまったら近距離で戦う得物はナイフしか無い。

このままでは危険だと判断したジンは鬼化を解き仲間の元へと駆け出した。
生憎、足には自信がある。ウルフに追いつかれる事は無いだろう。



「おっ?怪物のご帰還だ。」


ラウルがおどけて言う。そんな余裕を見せるのはやはり場数を踏んだ傭兵なのだろう。血だらけのジンを見たルクラはビクッと身震いしウルフに向かって行った。

「…不気味か?」
「あぁ、かなりな。」

正直な感想。不気味。


そんな事を言われても気にする素振りも無くジンは再び戦い始めた。やはり、不気味だ。



[18] 風と渡る者 投稿者:雨雫姫 (2007年11月09日 (金) 00時21分)
どうしようも言えない不快な風を感じていた…。


とは、数刻前までのある少年の談である。




「助かった、団体さんがやってきてくれたみたいだね…」



森に溶け込むような深く静かな千歳緑の瞳。
チャートリューの明るく柔らかな黄緑の髪。
鶸萌葱と苔色を中心とするタートルネックの服装。
一見、森と一体化しかねない一人の少年が其処にいた。

やや白めの肌と、留紺のジーンズが目立つように見えるのは、
やはり彼が木々の中にいて、うっそうとしげる葉の緑が視界いっぱいに広がっているからだろう。


彼は、ジャスティン達が来る数刻前よりこの木の上にいた。
肉食の獣や魔物達が異常繁殖し、森を横行していた。
原因は謎だが、其処にさらに旅人狙いの山賊が加わり、この森は今危険きまわりなかった。
一人では決してそれらを相手にすることは出来ないと判断した彼は、木々の上を渡って移動する事で狼やその他の魔物達の目から逃れてきた。

少年の下方で、彼より幾らか年下であろう者達が多数の狼と戦っている。
唸り声、足音、気配、風の囁き。森は視界が遮られ、彼らはまだ気付いていないかもしれない。
でも、其処には明らかに多数の狼の一団がいることが彼には分かる。
吹き抜けていく風が、其れを彼に伝えてくれる。
彼の知りたい事を、風は伝えてくれる。


改めて一行を見た。
先ほど人外の…風が伝えるには鬼であろう人物が疲労によってか後退したのを確かに見た。
2〜3人、いかにも傭兵という出で立ちの人物はいるが、多くは自分と同年代かそれ以下。
狼…フォレストウルフはそう強い魔物ではないというのが救いではあっても………



「拙い、かな?」



音無き声を空へと向ける。
内にある暖かな力と、声に応じて集まった風とがある一つの形を成す。
暗く生い茂った森に、白く純白の…そして水色の透き通った陰をもつ翼はとても映えるものだった。
太く大きな木の枝から、翼を得た彼はふわりと飛び降りる。

空中で狼達の方を振り向くと、静かに目を閉じ此処からは見えぬ空を仰ぐ。
葉っぱが動く音がした。
次の瞬間には、大きな風の流れがあった。
少年から狼達の方へと動いた風速20m程の強い風の流れ。
木々には決して影響を与えずに…その風は多数の狼の抵抗をもろともせずはるか遠くへと吹き飛ばした。
まだ、全て飛ばしたわけでは無さそうだと、彼は感じた。


彼自身は、風を全く気にする様子も無く…一行の方を振り返る。


「助太刀するよ。………勿論、君達が嫌ならしないけどね。」


少年の名前は、クロス・ティーア。
白き魔力の翼をもつ、風と渡る者。


一陣の風が吹いた。柔らかく、暖かい風。
彼の傍らにいつも在る、その彼特有の風は。

彼が類稀なる風術師の才を持つことを、静かに控えめながらも示していた…。




[20] カードはまだ、配り終えていない。 投稿者:ベル MAIL (2007年11月10日 (土) 20時57分)
 宙に浮いた城。
 太陽の光を一身に受け、人々を優しく見守っていた輝く城の面影はもう無かった。
 遥か彼方の空の上から、無慈悲な視線をサントシームの街へと向ける。
 それは逃げ惑う人々を嘲笑うようで。


「……以上、報告を終了させて頂きます」
「ご苦労。……ふふ、随分と早い旅立ちだ。よほど強いカードが眠っていたと見える」


 今その城の王座に座るのは、賢王と謳われた男ではなく。
 何が面白いのか、微笑を絶やさない異国の衣装に身を包んだ男だった。
 彼の前に跪き深々と頭を垂れているのは、燃えるような赤の衣装に身を包んだ女性。
 仮面を着けている為顔は見えないが、見事な金髪が腰の辺りまで伸び、輝いている。
 

「だが、まだあの森の奥へ入られては困る。……そうだろう?テトラ」


 異国の衣装に身を包んだ男は、暗がりに居た別の男に声をかけた。
 なにやら紙切れを大量に抱えている、傍から見れば奇抜ともいえるメイクを施した、テトラと呼ばれた男は大きく頭を振って答えた。


「その通りで御座います!まだ我輩のファンタスティック☆ジェニファーが完全な成長を遂げておりません……餌を幾ら増やしても足らず、もう少し時間を頂きたく……。……全くアルデバランの仕事の遅さには閉口する」


 最後の言葉は聞こえないよう吐き捨てるように云って、苦虫を噛み潰したような表情で報告するテトラに、すっと立ち上がりその方へ向き直った女性が一言。


「妙な思い付きをするからだ」
「何をっ!?生と死を司る植物の栽培など滅多にできんのだぞ!?今せず何時するのだっ!」
「狼を無闇に増やす役目を押し付けられた私の身にもなってみろ。……無駄に鎧を使う羽目になった」
「幾らでも鎧は量産できるだろうミネルバッ!貴様が動くわけでもあるまい、ごちゃごちゃ喚くでないわっ!!!」


 ミネルバと呼ばれた女性は、やれやれと肩を竦める。


「ジョーカー様、回りくどいことなどせずさっさと奴らを始末するという手は取らないのですか?」


 ジョーカー、そう呼ばれた王座に座る男は不敵な笑みを浮かべた。


「ミネルバ。確かに君のその迅速確実な行動は素晴らしい物だ。……だが、時には物事を楽しむことだね。そんなつまらない手は取らない」
「しかし、聖剣に力を取り戻させてしまったら、こちらにも大きな被害が出るでしょう。その前に危険な芽を摘み取っておかなければ、ジョーカー様にも危険が及ぶのではないかと……」
「ジョーカー様が手を下さずとも、我輩のファンタスティック☆ジェニファーが奴らを食い尽くしてしまうだろう!戦士を名乗る者が随分と気弱なことばかり言う物だな?」
「研究第一の馬鹿者に現在の指揮を任せているから心配しているのだ。……自己満足のために訳のわからぬ化物ばかり創り出す貴様が大きな口を叩くな」
「なぁにおぅ!?」


 テトラとミネルバ、両者の間に険悪な雰囲気が漂い始めるが。
 その様子を見て笑うジョーカーに、ふと二人は同時に顔を向けた。


「天才とは理解されず孤独なものだ。……一度任せた以上この件はテトラが指揮を取る。彼らを今から消してしまうという手も取らない」
「し、しかし……!」
「物事を楽しみたまえよミネルバ?まだ始まっても居ないんだ……何故なら……」


 くつくつと、音を出さずにジョーカーは笑った。
  


[23] 密林に吹いた疾風 投稿者:水鏡 聖牙 MAIL (2007年11月13日 (火) 02時47分)
 まさか、彼女が十二歳だとは思っても見なかった。
…それにしても、十四歳で立派に成人か…イコール、僕は大人の仲間入りと。そういう訳か。

 そんな事を思っている少年達の目の前には、小型の狼―フォレストウルフの群れが見える。
周りにまだ敵対する存在があるのかどうかは分からない。
だが、敵の群れが現れたとなるとそれは重要な物があることを示す。
そう、心の片隅に自身の勝手なる推測を構築しながら、蒼髪の少年―ファルは近付く狼を確実に楽にしていった。

「邪魔だって!」

 炎は使うなと言われたが、そんな事は彼には関係無い。
理由は簡単、炎を扱うような攻撃方法を持っていないからである。
魔法も詠唱すれば使えなくは無いのだが、反面威力落ちが著しい。
相当な馬鹿か、天賦の才能を持つ・或いは特別優秀な魔道師でなければ使わないのが一般的だ。
彼の見かけは当然普通の少年。魔法に優れたエルフ族とは言え、無尽蔵の魔力を持つような存在ではない。
だから彼は相反する魔法などは使おうとは思わないのだ。

「どけ、マセガキエプロン剣士君っ!」
「前半部が違うっ!そして今はエプロンは着ていません!!」

 ファルが一匹の爪を剣で止める。
すると、背後から突撃して来た男はラウル。このまま飛び蹴りで吹き飛ばすつもりらしい。
このようなラウルの一言に訂正を求められる辺り、彼等にはまだ余裕があるらしい。

「うおらぁっ!」

 ファルが剣で爪を弾き、無防備な状態にさせると、
そこに声をあげたラウルの脚が突き刺さるようにして入った。
狼は真横に飛んでいき、三匹ほどの同胞を巻きこんで行く。
やがて太い木の幹に全身を強打し、暫くして動かなくなった。
それを見ずに、ファルは剣を構え直しながらラウルに言った。

「僕にはファルと言う名前が―」
「悪ぃ、俺は興味のない野郎の名前は覚えねえ主義なんだ」

 そう言いながら、ラウルは別の一匹の頭を踵落としで叩き割った。
勿論、冗談のつもりなので心の片隅にファルの名は留めておく予定らしい。
ファルはその言葉に呆れかえった顔をしながら、敵の群れに水の刃を飛ばす。

(…いいのか、それで)

 近くに居たジンも、ある意味問題発言は聞き捨てならなかった様子だ。
その銃身からは不釣合いなほどの破壊力を持つ拳銃を片手にただ向かってくる敵を撃ち落とす。
時には骨と骨の間をかいくぐり、敵の身を貫通してその背後の敵を撃ちぬくこともあった。

 と、その時だった。

「……!…ぁ……っ!!」

 叫びとならない悲鳴をあげたのは先ほど散々からかわれていた“ファル曰く6歳”の少女―ルクラだった。
背後の気配に気付いた頃には、時既に遅し。
フォレストウルフの一匹が、彼女に飛び掛っていたのだ。
大口を開け、丸呑みにでもしてしまいそうな勢いだ。
彼女の魔術にも間に合わない。ジンの銃弾も今装填中で間が悪い。
ヴァールの弓は土から顔を出している巨大な根が邪魔になって射る事が出来ない。生憎、近くには誰もいなかった。
牙を剥いた。爪が捉えた。その獲物を見る眼は鋭く彼女に突き刺さる。

「                      」

 どこからか何か、声がする。ルクラの耳にはそれが誰の物か、何と言っているかを考える余地は無い。
その声が届くが早いか、彼女の視界に“別の影”が移る。
“それ”は目の前の口を一閃し、断ち斬った。

 斬られたことを認識する前に斬られたのか、もがき苦しむ暇もなくフォレストウルフは動かなくなった。

「…ぇ……?」
「…前はしっかり見ないと、隙ばかり生まれるだろ」

 ルクラが瞑った目を開き、伏せた顔を上げると、そこにいたのは黄緑色の髪を持つ少年―クロス・ティーアが居た。
懐から取り出した布で血のついた剣を拭きながら佇む姿は、一見暇があるように見えて、周囲の様子に気を配っていた。
どこから掛かってきてもすぐに対応できるようにと、また剣を構えなおす。

「…ありがとう、助かった。…ところで君は―」
「助太刀するよ。………勿論、君達が嫌ならしないけどね。」

 ファルが何者かを問おうとした時にクロスはその言葉の先を答えてしまった。
それと同時にファルは感じていた。彼が実力者であることを。
彼からこの森の雰囲気とは大きく違う、穏やかな風が流れることを。
前者は仮にも剣士の端くれである者として。後者は、森の住人であった者として、雰囲気の違いの判別くらいはできるそうだ。
 その背後でジャスティンとラファエルが会話を始める。
目の前に現れた“助太刀”クロスを迎え入れるかどうかを話していた。

「…如何致しましょう」
「良いんじゃないかな、助けてくれるみたいだし」
「人数が多すぎると逆に管理が大変になりますが…今は頭数が欲しいですからね。取り次いでみましょう」

 何故こうも話していられるかと言えば、クロスがフォレストウルフを吹き飛ばしてくれたり、
他の傭兵達が次々と倒してくれたりした為に一段落がついたからだ。
と言うのは、更に増援が来るかもしれないし、これで全滅であるかもしれない。願わくば、断然後者だが。

「ラファエルと申します。クラウゼル城の―」
「ああ、それなら知っているよ。奪還を目的とした傭兵を集めて居るって聞いていたんだけど…」
「それほどまで遠くに届いていましたか」
「いや、風から聞かせてもらったよ。それにしても、子供が多いな…本当にこれで?」

 周囲を見渡しながら、クロスは率直な感想を一言言った。
クロスの目に映る子供は、ルクラ、ゼーレ、ラキス、ファルの辺りだろうか。
そう言う自分も子供だけど、と思いながら続けた。

「私も、まさかこうなるとは思ってもみなかったですから」
「…まあこのご時世だ、僕も一人でいると迷惑な奴に襲われかねないからね。
 …アムニまで、連れて行かせて貰えないかな」

 溜め息気味に、苦労人ラファエルは言った。
苦笑い気味に、クロスは言った。

「わかった、短い間でも人数が多い方が良いからね。一緒に行こう」

 ジャスティンが声を掛けると、クロスは快く承諾した。
この時、クロスは“これで暫くは大丈夫か”と心底安心していたと言うことは、内緒にしておこう。



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