「・・・掴まってろ」 |
多くの人間の乱暴な足音が森に響く。 |
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「王子……」 |
「…久しく…ニンゲンの恐れる顔を見れるか…」 |
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「…良いザマだ。」 |
「ったく、こんな雑魚相手にマジになんなって。あのデカブツ倒しちまやぁ済む話だろ?」 |
[46] 薄暗い道の先に灯る。 | 投稿者:ベル MAIL | (2008年04月29日 (火) 02時42分) |
「後どれぐらい歩きゃ着くんだ?」
「そうだな……砦で少し時間を潰してしまったから、少し夜が深まったぐらいだと思う、このペースなら。……ジンの怪我がそれほど酷くなくてよかった」
「人では……無いからな……」
「だってよ。歩けるかいおチビちゃん?」
「ルクラですっ! 歩けますよっ!」
「おーおー、偉い偉い」
「……馬鹿にしないで下さい」
ルクラは歩く速度を速めてラウルを抜き去りすたすたと歩いていく。
それを見たラウルは意地の悪い笑みを浮かべて。
「おっさきー!」
スピードを上げてルクラを追い越す。
ルクラは見事にラウルの挑発に乗って更にスピードを上げる。
「ほらほらどーしたー!? 置いていっちまうぞー!?」
「あなたには絶対負けませんっ!」
遥か彼方まで追いかけっこを開始した二人に、ジャスティン達は苦笑する。
既に日は殆ど沈み、真っ赤だった空は薄暗い紫色に染まっている。
僅かに残る太陽の光が辺りを照らしている。
「……解りやすい性格してるね、ルクラって」
「そこは純粋と言ってあげようか」
苦笑したままファルとクロス。
「ふふ、誰が彼女を背負って街へ向かうか今のうちに決めておきましょうか?」
「それはラウルでいいんじゃない?」
「あ……そうですね。では私達はここで眺めて……」
「……楽しませて貰おうかしら……」
「おっ! なかなか頑張るじゃねぇの!」
「ぜーったい負けませんからぁっ!!!」
ラウルとルクラの追いかけっこは、暫くの間は治まる気配が無いだろうと誰しもが思う。
何気なしに前方でちょこまかと動く二人の姿を見ながら、クロスは呟いた。
「夜か……宿が取れるか心配だな」
「……すまない」
「謝らなくていいよ。あの厄介な連中を一人で捌けはしなかっただろうし。面倒なルートを取らずに済んでめでたしめでたし、ってところだね。……尤も、君たちに会わなかったらどうなっていたか正直解らないよ。森があんな事になってるなんて想像していなかったし」
クロスの言葉に、ジャスティンは少し考えて。
「そういえば……アムニに向かうのにどうして森の中に? まるで方向が違うんじゃないのかい?」
「森を南西に抜けると船着場があるんだよ。古いけどまだしっかりした船が一隻あってさ。それを使ってアムニの領地まで行こうかと考えていたんだ。……この状況なら無断で入ってもお咎めなんて無いだろうし、見つかっても逃げてきたって言えばそれで入れてくれただろうしね」
「船着場……か。……ラファエル、知っているかい?」
「確か……アムニ王国へ、あの森の材木を大量に運ぶための船を泊める場所があったと思います。森を突っ切って大量の材木を運ぶのは非効率的ですからね。その古びた船というのは、所有者がもう居ないのでしょう」
「さっきも言ったけど、森があんな状況だから船着場への道も塞がっていてさ。どうしたものかと考えていたら……」
「……僕たちがたまたま訪れたというわけかい?」
「そういうこと。感謝してるよ」
薄く微笑んで見せたクロスに、ジャスティンも笑みを返す。
「……王子」
「ん?」
前方をしっかり見据えたまま、少し低い声でラファエルが声を掛けた。
ジャスティンも同じ方向を見る。
先ほどまで追いかけっこをしていたラウルとルクラが、何者かの一団と一緒にジャスティン達のほうに歩いてきていた。
「客だぜ」
「ア……アムニ王国の……へ、へいたいさんだそうです……」
涼しい顔のラウルに、皆の予想通りすっかりばてたルクラ。
自然と一行は足を止め、近づいてくる一団と向かい合う。
「……国境を越えてきたのだろう?」
ひときわ目立つ、厳つい甲冑に身を包んだ騎士が低く重い声でジャスティンに尋ねる。
鎧を身に着けたほかの騎士達の目つきは、少々鋭い。
ジャスティンは一歩踏み出し、答えた。
「その通りだ。……僕はクラウゼル王国第一王位継承者、ジャスティン=B=クラウゼルだ。ある事情があってアムニ王国へ向かっている」
騎士たちに動揺が走る。
甲冑の騎士はそんな騎士たちを数秒睨みつけて騒ぎを押さえつけてしまうと、再びジャスティンの方に向き直り。
「なるほど。……それを証明する品はお持ちかな?」
先ほどと変わらぬ、低く重い声で再び問う。
「……これでどうだろうか?」
ジャスティンは腰に携えた剣、アフトクラトルを静かに抜き放った。
薄暗い中で、宝石細工のようなそれはどこか神々しい雰囲気を変わらずに放っている。
再び、騎士たちに動揺が走った。
甲冑の騎士は静かに、そして深く頷く。
「その奇妙な形状……何より、その雰囲気。模造品とは考えられんな。……宝剣アフトクラトル、か」
「……これで証明になっただろうか?」
甲冑の騎士は、数秒の沈黙の後、その場に跪いた。
慌てて後ろに控えていた騎士たちも次々と跪く。
「このような油断のできぬ情勢ゆえ、疑うことは仕方の無い事ではありましたが……ご無礼をお許し下さい。私はアムニ王国騎士団第4小隊長のアーメットと申します。……国境の警備からの連絡が途絶え、確認に向かおうとしていたところ貴方方と出会った次第です」
「……頭を上げてくれ」
「はっ」
ジャスティンの言葉に、騎士たちは素早い動作で立ち上がる。
「……国境か。……言いにくいが、僕たちが訪れたときには、既に賊たちに占拠されていた」
顔をしかめて話すジャスティン。
甲冑の騎士、アーメットは驚いた様子だった。
「なんと……! しかし、その状況でよくここまで来ることができましたな……」
「雑魚だったからな。かるーく片付けておいたぜ?」
「……死体の始末はしていないから……お任せするわ……」
「私達の国の問題であるのに、片付けていただいて申し訳御座いません。……ロフォカレ」
「はっ」
アーメットに呼ばれた一人の騎士が前に進み出る。
ブロンドの、一部の髪が前方に飛び出ているオールバックの青年。
「貴殿にはジャスティン様ご一行の護衛を申し付ける。アムニ王国までの道中ジャスティン様、そしてそのお仲間に傷一つ付けるな」
「はっ……承りました」
「では、ジャスティン様……私達は国境へ向かいますゆえ。……この時刻になりますと魔物も多く出没しております。道中の無事をお祈りいたします。……そして、ジャスティン様。我が国の王が貴方をお探しでした。明日にでも城へ向かっていただければと思います」
「……わかった。アムニ王には明日直ぐにお会いする」
アーメットと配下の騎士達は、ジャスティン達に一礼をすると、ジャスティン達が歩いてきた道……国境へ向かって去っていく。
一人残された騎士、ロフォカレは暫くアーメット達を見送っていたが、暫くするとジャスティン達に向き直った。
「では……私めがジャスティン様達を無事にアムニまで送り届けます」
「そこまでしてもらわなくても良かったんだが……、でも、一人増えるのは頼もしいよ。よろしく頼む」
「はっ。……では、参りましょう」
一礼をすると、ロフォカレはアーメットと逆の方向、アムニ王国へ向けてすたすたと歩き始めた。
「……守れんのか? あれ」
「……同感……」
「しぃっ……。仕事なんだから」
「何処の世界でも部下は辛いわねぇ……」
「内心ひやひやしてるだろうね」
「そうですね……、怪我をしないように私達も気をつけましょう……」
「ありがたいのですが、ね」
「……皆さん、ものすごく失礼です」
ロフォカレに対して目茶苦茶な云い様な一行に、ルクラは顔をしかめた。
「ところでおチビちゃん、歩けんのか?」
「あ、歩けますって!」
「ほんとかぁ? ……おーい!」
「はっ?」
ラウルに呼び止められ、ロフォカレは再び戻ってくる。
「どうされました?」
「いや、このおチビちゃんがもう歩けないってグズっててよ。……背負ってくんね?」
「なっ!? 何言ってるんですか!?」
「しかし……私は皆さんを護衛する任務が」
「だーいじょうぶだって! 傷一つつきゃしねぇよ」
暫くロフォカレは考え込む。
どうしたものかと決めかねているらしい。
「……困ってる子供助けんのも騎士の仕事だろ?」
ニヤニヤ笑っているラウルの顔を見れば決意にまでは至らなかったのだろうが。
それを見ていなかったロフォカレは小さく頷いた。
「……わかりました。……さ、私の背中に」
「えぇっ!?」
「ほれ、甘えろよおチビちゃん」
「で、でも」
既にロフォカレはルクラに背を向けしゃがみこんでいる。
「さぁ、どうぞ」
「………………おねがいします」
このまま自分が渋って相手に恥を掻かせてはいけないと言うルクラの妙な思考は、ロフォカレの背中にしっかりと収まるという決断を下していた。
「しっかり捕まってくださいね」
「は、はい」
ラウルはこれ以上ないぐらい意地悪な笑みを浮かべている。
そしてルクラはこれ以上ないぐらい真っ赤な顔でラウルを睨んでいる。
当然ながら凄みはない。
「では、護衛は……」
「大丈夫だ。……自分の身は自分で守れるからね」
「そうでなければ、こんな場所に来ていないでしょう」
「畏まりました。……では、行きましょうか」
新たに一人の護衛を加え、ジャスティン達は道を行く。
遠くにはもう、アムニ王国の城壁にある篝火が煌々と燃えているのが解る。
「特に何事もありませんでしたね。……長旅お疲れ様でした。私からも、国境の賊を退治していただいたことにお礼を申し上げます」
ロフォカレの言葉どおり、道中特に何かが起こることもなく、ジャスティン達は無事に目的地、アムニ王国へ到着していた。
夜が深まる時刻、サントシームと違ってここは活気があった。
「当然のことをしたまでだよ。……あそこに本来居た兵士が何処に行ったか気になるが……」
「国を守るという使命のために戦ったのです。……無論、死ぬのが本望ではないでしょうが、国のために戦った彼らを私は誇りに思います」
「ま、まだ死んだと決まったわけじゃないですよ!」
「……そうですね。申し訳ありません。……今日の宿へご案内いたします」
「こんなに人が居んのに泊まる所があんのか?」
「少々権利を振り回す形になりますが……仕方がありません」
ロフォカレに案内されるまま、ジャスティン達はアムニ王国の城下町を進む。
そして到着したのは、ひときわ大きな建物。
蔦が絡みついた看板は、そこが長年の歴史を持つことを意味している。
しかし、古びた感じは全くせず、開いた扉の奥には豪華絢爛な飾りが輝いているのが見えた。
ロフォカレはその建物へ迷うことなく入っていく。
ジャスティン達も雰囲気に圧倒されながらも、彼の後を追う。
「最上級の部屋を。……十人だが」
「はい、十名様ですね。御座いますよ」
ロフォカレは懐からエンブレムを取り出すと、受付の人間に見せて話を続けた。
「……請求は騎士団へ送ってくれ」
「畏まりました。ではこちらに……」
受付の人間も慣れた手つきでなにやら紙を取り出すと、ロフォカレは素早く駕ペンを使い何かを書き込んでいく。
「確かに、頂きました。鍵をお渡しします」
「ありがとう」
受け取った鍵を、ジャスティンに手渡し、ロフォカレは微笑んでみせる。
「お金のことは気になさらないで下さい。……旅の疲れをしっかりと癒し、また明日城でお会いしましょう」
「すまない、助かるよ。……では、また明日」
「お待ちしております。では、私めはこれで」
一礼をジャスティン達に行うと、ロフォカレはきびきびとした動作でその場を去っていった。
ジャスティン達はロフォカレの姿が見えなくなるまで見送って、そして手元に残された鍵に視線を移した。
鍵の数は五個。
それを考えると、二人で一部屋ということになる。
「……よし、部屋割りを決めようか。男性と女性別々に分けたいところなんだが……」
「男女のペアが一組できてしまいますね」
「……構わないわ……」
「そうですね。このような場所に泊めて頂けるだけでもありがたいのですから」
「わたしも大丈夫です! ……そうだ! 三人でじゃんけんして、公平に決めましょう!」
「……負けた子が男女ペアに入るのね……」
「はい! ……それでは早速! じゃーんけーん……」
ぱっ、とルクラ、ゼーレ、ヴァールの三人が同時に手を出した。
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[49] 言葉なんて無くとも。 | 投稿者:ベル | (2008年06月18日 (水) 16時43分) |
「………………」
「………………」
ひたすらに無言。外の喧騒の一つ一つがはっきり解るぐらいにまで沈黙を保った部屋。
二つ用意された大きなベッドにそれぞれ腰掛けているのは、黒い小人にどこかの令嬢。
もとい、ルクラとヴァールであった。
「………………」
「………………」
ルクラは意味もなく焦っていた。
何故なら、部屋が決まってお互いに挨拶を交わしたっきり、それから一言も言葉を発していないのだ。
しかも、今は自分がヴァールに背を向けている格好。
何か話さなければ、何か話さなければと慌てても何も話題は思いつかない。
何か話題を見つけるまでの時間稼ぎ、などと思って背中を向けたものの、思いつかぬまま振り向いたら変に思われてしまう。
そんな考えが頭から離れず、ついには緊張で冷や汗まで少しかき始めたその時だった。
「……ねぇ……」
「ひゃっ!?」
いつの間にか、ヴァールが隣に腰掛けていたのだ。
思考に集中しすぎて気づかなかったルクラは素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんな彼女を見つめるヴァールの今の姿は、大きな鎧に身を包み武器を振るう戦士とは到底思えないほど儚げなものだった。
「……着替えないのかしら……」
ルクラが驚いた様子にも特に何か反応するわけでもなく、淡々と語るヴァール。
言われて見れば、いつの間にか彼女は着替え終わっていた。
まだルクラはあの真っ黒なローブのまま。
何度か着替えてここまで来たものの、流石に少し汗ばんでいて気持ち悪い感触なのにようやく気づく。
「あっ……え、っと……その、パジャマに……着替えます……」
「……そう……」
ぴょんとベッドから飛び降りて、自分の荷物の場所に向かい、パジャマを取り出す。
ふと振り返ってみれば、何故かじっと見つめているヴァールの姿。
「……あ、あの」
「……遠慮する必要……ないんじゃないかしら……」
「そ、そうですよね……」
同姓と言うものの、何故だか絡みつくような視線を向けられているような気がしてならないルクラ。
かといってそれを証明することも、まさかヴァールに言うわけにも行かず、おずおずと服に手を掛けて脱ぎ始める。
とりあえずは汗を落としたいので、荷物の中から再びタオルを取り出して、魔力を用いて水を作り出して湿らし、それで身体を拭く。
じっと見られていると思ってしまうと、何時もやっている事なのに何故か手間取り、結局十数分程度かけてパジャマに着替え終わった。
ローブと同じような黒を基調とした、黄色い糸で三日月の刺繍が施された可愛らしい物。
使ったタオルは風が巻き起こる小さな空間を作り出し、その中に放り込んでおく。
「……面白いわね……」
「……? なにが、ですか?」
無言でヴァールが指差したのは、風の空間の中に放り込んだタオル。
それを見てルクラは少し笑って――どこか物悲しさを感じるものではあったが――言葉を続けた。
「魔術を使って……乾かしてるんです。ただ戦いのためだけじゃなくて、こういうことにも、わたしの故郷の人は使うんです」
「……そう……」
再び、沈黙。
話題がまたも思い浮かばないルクラは内心再び慌てていた。
かといって今回は先ほどのように背中を向けるわけには行かない。
ならばと思い切って、ルクラはヴァールの隣に腰掛けた。
自分から何か話すわけではないので、このまままた無言の時間が訪れるのではという不安はあったが。
彼女の予想通り、沈黙が続く。
「……?」
と思えば、ヴァールはルクラの頭をゆっくりと撫で始めた。
「……可愛いわねぇ……」
「あ、ありがとうございます……?」
何故撫でられているのかはよくわからないが、誰かに甘えたい盛りの彼女にとってそれは悪い気分になるような物ではない。
「……あなたは、どうしてここにいるのかしら……」
「え……?」
突然の問いに、ルクラは驚いたようで、思わずヴァールの方へ振り向く。
じっと見つめるヴァールの瞳に、ルクラも思わずその瞳を見つめ返す。
「……だって……あなたがここに居る理由が……わからないわ……」
「そ……それは」
困ったような表情で、視線をそらす。
「……い、言えません」
「………………」
辛うじてそれだけ言って、そっぽを向く。
向かざるをえない。
再び彼女の顔を見て何を云えばいいのか、ルクラにはわからなかった。
この一言が、きっと自分の印象を悪くした、という確信だけはあったが。
「……そう……」
「え……?」
しかし彼女の確信は見事に空振りした。
何事も無かったかのように、ヴァールは再びルクラの頭を優しく撫で始めたのだから。
「……ごめんなさい。その……」
「……いいのよ……」
自分の予想が空振りしたこととヴァールのその言葉だけで、ルクラは一気に体の余計な力が抜けた気がした。
ゆっくりと目を閉じて、頭を撫でられる感触をじっくりと味わう。
「……あら……」
いつの間にか眠りに落ち、小さな寝息を立てているルクラに気づいたヴァールは、それでも変わらずルクラの頭を優しく撫でていた。