[36] Obstruction 投稿者:聖龍 光神 (2007年12月31日 (月) 21時32分)
「・・・掴まってろ」

呟くと共に嘉邑ジンがルクラを抱えて先頭の方へと走っていく。

――なかなか、いい所もあるようで――

その様子と、それを冷静に考えてしまう自分に思わず仮面の下で笑みを浮かべてしまう。
しかし、何時までも笑ってはいられない。
後ろ、右、左、上、下、様々な方向から蔓が襲いかかる。

「数が多いね・・・」
「蹴散らそうか――!」

クロスが放った風の刃が、ファルが放ったかまいたちが襲いかかる蔓をまとめて迎撃する。
しかし、全ての蔓が撃退できるわけではない。
刃の弾幕を潜り抜けた蔓が襲いかかってくる。

――いけませんね・・・――

迎撃するために蔓の前に踊り出る。
それとほぼ同時にもう一つ影が出てくる。
先ほど前に出たジンが後ろに戻ってきたのだ。
何か合図するわけでも無く、同時に腕が動く。
硬質化した拳が鞭のように、握られたナイフが牙のように生き残った蔓を一斉に食らい潰す。

「流石ですね」
「ふん・・・」

少し褒めてみたがそっけなく返されてしまった。
そしてバックパックから手榴弾を取り出そうとするが、それを手で遮る。

「何故止める」
「少し、考えが。」

とりあえず、暫くは投げることは無いだろう。
次はあの二人だ。

「ファル様、ラキス様」
「なんだい?」
「なんでしょうか」
「後方の木々に水属性の魔術を。」
「水の・・・?」
「何をするつもりですか?」
「動きを止めます。発動直後、すぐに離脱を。」
「・・・わかったよ」
「了解しました」

二人が詠唱に入る。僅かとはいえ、隙は隙。
魔力をチャージしつつ、襲いかかってくる蔓を鞭となった腕で叩き潰す。
直後。

「水弾!」
「ソウルスプレッド!」

多数の水の弾が、降り注ぐ水流が木々に降りかかる。
発動すると同時に、二人が前へと走っていく。
それを確認すると同時に。

「ア・カートル・メーン!」

氷の力を持つ魔力弾が大量に、水を浴びた木々へと放たれる。
着弾と同時に凍結が木々を侵食し、瞬く間に白い林へと変わっていく。
凍りついた木々は動きを止め、蔓の進撃は一時停止した。

しかし、これで全てが片付いたわけではないだろう。
下手すれば、相手はこの森全体かもしれないのだ。
・・・流石にどこぞの腑海林とまではいかないとは思うが。


さあ、逃走を再開しよう。
終点は、まだまだ見えない。





[37] 青空の下に広がる絶望。 投稿者:ベル MAIL (2008年02月14日 (木) 06時55分)
 多くの人間の乱暴な足音が森に響く。
 ぱたぱたと軽い音や、がしがしと重い音。
 まるで怒りをあらわにしたように、ざわざわと木の葉の音が響く中を、ジャスティンたちはひたすら駆けていた。

「凍らせたのが随分効いたみたいだね」
「油断はできません。ほんの僅かな勢力を凍らせたに過ぎないでしょうから。それに……凍らせた蔦も直ぐに追いかけてくるでしょう」
「さっき、僕たちがキャンプした広場を通り抜けた。……このまま一目散に走れば出口だ」
「………………」

 最後尾を走るジャスティン、ラファエル、ジンの三人。
 後ろを振り返ってみても、あの不気味な蔦の姿は確認できない。
 ものすごいスピードで後ろへ遠ざかる巨大な根っこと大木の姿だけが目に映る。
 自分達の直ぐ前を走っているゼーレ、ファル、ラキスの三人。
 彼らの足止めのおかげで、あの厄介な蔦の群れは随分と後れを取っているらしい。
 無事に逃げ切れそうだと、ジャスティンが思ったその瞬間だった。

「……っ! 左右から来るっ!」

 クロスが叫ぶと同時に、沢山の蔦が左右から一行に覆いかぶさるように襲い掛かってきた。
 ジャスティンは咄嗟に剣を振るい、蔦を切り払う。
 確かな手ごたえを感じると、蔦には見向きもせず再び駆け出した。

「遅れていたんじゃない……奇襲を狙っていたのか!?」
「本能だけで動いているかと思えば……知恵も備えているようですね」
「……ちっ、面倒だ」

 足を止めるわけには行かない。
 くるりと華麗に自分の身体を一回転させ、それと同時に下段の切り上げを繰り出し、襲い掛かってくる蔦を斬り飛ばしたラファエル。
 ジンも華麗とはいえないが、根っこを飛び越え、地面に引き戻そうと掛かる重力の勢いに任せ、豪快な太刀捌きで容易く蔦を斬り潰す。
 前にいる面々も、同じように走りながら何とか応戦をしていた。

「もう一度凍らせます!」
「わかった!」
「了解です!」

 ゼーレのその言葉で何をすべきか。
 ファルとラキスは既に悟っていた。
 走りながらのため完全な集中には至らないが、それなりの大きさの水球を作り出し、それを後方に飛ばす。
 水球はジャスティンたちの頭上を超えて、そして弾けた。
 根っこを力強く蹴って、ゼーレが大きく跳ぶ。
 そして、破裂して無数の飛沫へと形を変えた水に向かって掌を向け。

「ア・カートル・メーン!」

 再び氷の役割を持たされた魔力弾が放たれた。
 水を被った蔦があっという間に青白いオプジェへと姿を変えていく。

「っ!?」

 しかし、最初のように進行は止まることが無かった。
 凍った蔦の後ろからあふれ出るようにして、新しい蔦が現れたのだ。
 重力に引かれ、地面へ着地しようとするゼーレに一気に群がろうとする。

「危ないっ!!!」
「王子っ!」

 咄嗟にジャスティンがゼーレに飛びついたため、蔦は明後日の方向へ通り過ぎたのだが。

「つっ……!」

 二人とも根っこの間に落ち込み、嫌と言うほど身体を叩き付けてしまう。
 痛む身体を擦る暇もなく、ジャスティンもゼーレも何者かにつまみ上げられた。

「……急げ」

 安定した足場に二人は降ろされる。
 ジンだった。

「すまないっ!」
「助かりました……」
 
 彼が懐から、あの奇妙な爆発物を取り出したのを目にした二人は、彼がこれから何をするかを悟り、短く礼を言うと再び走り出す。

「ちっ……うぜぇ」

 ピンを口でくわえ一気に引き抜き、ジャスティンたちの後を追うように駆け出したジンは、手榴弾を後方にぽいと投げ捨てた。
 すぐさま響く強烈な爆発音。
 耳を塞がなかったため、耳鳴りが少しだけした。



 
「しつけぇな……!」
「出口は近いわ……」

 先頭を、馬を引いて走り続けるラウル、ヴァール。
 ラウルは片方に馬の手綱、もう片方には、ルクラを小脇に抱えていた。
 迎撃に参加したいところだが後方にいる仲間のような遠距離攻撃をラウルは持ち合わせていない。
 走りながらではヴァールの弓も使えないため、せめて荷馬を守ろうと手綱を引き、併走している。

「昨日寝た広場はとっくの昔に通り過ぎたからな! もう少し頑張れよヴァールちゃん!」

 重装備なのに、相当な速度で走っているヴァールに驚き、やっぱりイイ女だ、などと今の状況にそぐわない考えを持ち出したりしているラウル。
 ふと、自分の小脇に抱えている少女が奇妙な叫び声をひっきりなしにあげ続けているので声を掛ける。

「……で、お前も平気かおチビちゃん?」
「こここれががが、へへ、へいきにみ、みえますかああ!?」

 足場の悪い場所を走っているわけだから、当然アップダウンが激しい。
 そうなると、抱えられている人間への振動が凄いのも当然であった。
 せめて帽子が落ちないよう手で押さえているのがやっとといった様子で、がくがく震えるおかげで可笑しなイントネーションで返すルクラ。
 そんなルクラの返答で、ラウルは。

「しっかり捕まってろよおチビちゃん!」

 軽々とルクラを、荷馬の背中の空いたところに乗せて、手綱をしっかりと握らせていた。

「しっしっかりってこここんなっ!」
「舌を噛むわよ……。……魔術師の端くれなら、詠唱の一つでもしなさい……」
「そそそんなむ――」

 ルクラは言いかけて、パニック状態だが必死に考える。
 自分が何のためについてきたのか。

「……!」

 足手纏いにならないと誓ったのではなかったか?


 ――このぐらいが、なんだ。やれば、できるんだ。


「やや、やってみます!!!」
「……いい子ね……」

 目を閉じて、手綱を握る手に力を込めて集中する。
 そして思い描く。
 風を操り、鋭い刃へ変えて、その数を増やし、どんな軌道を描かせるか決めて、そして。

「風よ……切り裂けっ!」

 ルクラの言葉と同時に、風が唸った。
 一行の両脇に強烈な風が吹き荒れる。
 それは襲い掛かってきた蔦を無理やり引きとめ、そして切り裂いていった。
 それでも向かってくる蔦が更に風に巻き込まれ、絡まっていく。
 再び蔦の進行が、止まった。

「急ごうっ!」

 剣をすばやく鞘に収め、ジャスティンが叫ぶ。
 絡まったのを解くのに手間取る蔦を尻目に、一行は距離をどんどん離していった。




「……逃げ切った……ようだね」
「流石に森の外まで追っては来ないでしょう……」

 闇の帳が常に降りている森を抜け、太陽の光が降り注ぐ大地へ抜け出したジャスティン達。
 走り続けで息切れが酷いが、何とか脅威となる存在を振り払ったことに皆安堵する。
 しかし、皆の頭の中にはある悩みが芽生えていた。

「でもよ……どーすんだアレ」
「アレを何とかしないと、神殿へ向かえないってこと?」
「真正面から、立ち向かうのは、愚の骨頂だろうし……燃やすわけにも、行かないし」

 額に光る汗を腕で拭い去るラウルに、大きく息を吐き出しながら、ハンカチで汗をふき取っているラキス。
 ファルはまだその余裕も無いようで、ただただ深い呼吸を繰り返している。

「でもあんな大量の蔦を、どうやって倒したらいいんでしょう……?」
「火を放つこと以外で処理する方法は……思いつきません」
「……蔦を操る存在は間違いなくあの壁の向こう……困ったものね……」

 地面に座り込んでいるゼーレ。
 ヴァールは近くをゆっくりと歩きながら、息を整えている。
 あまり走っていないルクラは、周りの人間に水を配りながら思案顔。
 
「あ、あぁ、ありがとう……」

 水を受け取り、軽く微笑み返すだけで再び難しい顔をするジャスティン。
 あの蔦を突破しなければ神殿にたどり着くことなどできないだろう。
 一度手を出してしまったのだ、最初のようにすんなりとあの壁まで通してくれるとも思えない。
 

 ふと、傍で揺れている花を眺める。
 周りに同じ花は無い。
 たった一人でそこに咲いていた。
 こんな健気な花と、あの蔦が同じ植物だとは、到底信じられない。

「………………!」

 ジャスティンの脳裏に、幼い思い出が蘇った。
 

「ねぇ、なにをしているの?」
「あ、王子様。この雑草の群れを片付けるために薬を撒いているのですよ」
「そんなこなをまくだけで、これがかたづいちゃうのかい?」
「それはもう、バッチリでございますよ! ……放って置いたらお城の景観が悪くなりますしね、彼らも生を授かった存在なのは承知しておりますけれども……ごめんなさいっ」

 ある日妙な粉を生い茂る雑草に振りまいていた侍女に何気なく聞いた事。
 雑草に謝りながら手際よく粉を撒き散らしていた侍女を、好奇心も手伝いずっと眺めていた記憶がジャスティンにはあった。
 そして数日もすれば、その雑草の群れがすっかりからからに乾いてしまっていたことも。


「……植物には違いないのだから、枯らしてしまえば何とかなるんじゃないか?」
「枯らしてしまう……?」
「植物を除去するような薬が無かったかな。僕が小さい頃に見たことがあるんだが……」

 ジャスティンが何を考えているのかラファエルは気づいたようだった。

「あります! それこそ、あのような植物に効果覿面の薬が!」
「でもよ、規模が違いすぎるんじゃネェの?」
「一瞬で全部枯れてしまうわけでも無いだろうしね……」

 と、ラウルとファル。
 確かに彼等の言うことは尤もであり、ラファエルも頷くが。

「流石に一瞬は無理ですが、それでも相当なダメージを与えることのできるレベルの薬もあります。私が考えるに、あの植物に対抗する唯一の手段ではないかと」
「火が使えないんだから……わ、わたしもその案が一番だと思います」
「……だめだったらもう一度引き返せばいいんだしね」

 ルクラの言うとおり、火が使えない状態であの植物を打ち倒すことが難しいことは、誰もが悟っている。
 少々投槍な感じが気になりはするが、クロスの言うとおり失敗したらまた全力で逃げればいい話でもあった。

「それでは、一度街へ戻ってその薬を手に入れる事になるのですね?」
「……あの森に何が巣食っているかもわかったから……個人個人で対策を立ててくることもできるわね……」

 すっと立ち上がり、服の裾に付いた土を叩き落とすゼーレに、水を飲み干し、容器を返すついでにルクラの頭を撫でているヴァール。

「幸い……といってもいいのかわかりませんが。食料品や乗り物以外の生活雑貨や、治療に関係の無い薬はただ同然で手に入る状況です。直ぐに手に入れられるでしょう」
「街に戻って品物を探して、それからまた森へ戻っても十分な時間がある、あれだけ走り続けてきたんだから、皆無理をせずゆっくり街へ――」

 厄介な植物への対策が決まり、何時もの調子を取り戻したジャスティンが皆に声を掛けたそのときだった。




 突如地面が大きく揺れだしたのは。




「うぉっ!?」
「何……っ!?」

 立っていられないほどの揺れに、皆は地面に膝を突いたり、盛大に転んだりする。

「お、王子……!!!」

 ぐらぐらと揺れる視界を辺りに向けていたラファエルが、焦った様子で声を掛けた。
 目は見開かれ、ある方向に釘付けになっている。
 ジャスティンも何事かと、同じ方向を向き。

「なっ!?」

 その光景を見て驚愕した。
 他の仲間達も次々と同じ方向を向き、そして誰もがその光景を呆然と眺める事になる。

「サントシームが……!?」
「う、浮いてる……!!!」

 先ほどまで静かに佇んでいたはずのサントシームが、宙に浮かび上がっていたのだった。



[38] 空の上の修理作業〜少女後始末中〜 投稿者:ベル MAIL (2008年02月14日 (木) 07時02分)

「テトラ。どうも彼らは君の大切な創造物に傷をつけたようだ」

「なぁんですとっ!!!」

 よくわからない資料を両手一杯に抱えて廊下を歩いていたテトラに、ジョーカーは薄い笑みを浮かべて話し掛けた。
 驚きと怒りに我を忘れかけたのか、資料をどさどさと床に落としてしまう。
 殺戮と破壊をもたらす存在は、当然ながら何者かによって何時その活動を停止させられるかわかったものではない。
 それはテトラ本人もよくわかっているはずなのだが、彼は自分の作品に傷をつけられる事がわかると――アルデバランは何故かどうでもいいらしい――ヒステリックになる節があった。
 癇癪を起こす前に、ジョーカーは再び告げる。

「だが、傷が付いたのは私が君に命じて作らせた壁だけのようだね。……壁については君が一番理解しているだろう?」

 テトラは一瞬きょとんとした表情を見せた後、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「それは勿論! 鼠一匹通さぬよう、防衛能力を高めた壁です!」

「ふふ……。君のその自信が虚栄ではないことが、今回の一件で証明されたよ」

 その言葉で、テトラは森で何が起こったのかを完全に悟ったようで、高笑いをしてみせた。

「勿論でございます! 我輩に任せればあのような連中など……」

「頼もしいことだね。……話は少し変わるが、ファンタスティック☆リリーだったかな?」

「ファンタスティック☆ジェニファーでございます!!!」

「あぁ、そうだったね。成長は既に終わったとアルデバランから聞いたのだが?」

「予定より随分と遅れてしまいましたが。……アルデバランめ」

「随分苦労したようだね。まぁ、本来彼はあのような仕事には向かないからね」

 忌々しげに呟いてみるテトラ。
 ちなみにそのアルデバランは、ルーシーを捕らえた後再びテトラの命令で、土の聖印の眠る神殿へ送り込まれている。

 
「今度は何だ!!! また下らん仕事じゃねぇだろうな!? また狼を増やせだのぬかしてみやがれテトラ!!! テメェの胴体と首を別れさせてやる!!!」


 送られる前にアルデバランは相当ごねて暴れまわったのだが。
 作り主の一人であるテトラには適うはずも無く、ほぼ強制的に神殿へと向かわされていた。

「……成長は計画の始まりに過ぎません!これからが本番でございます!」
「ほう? ……詳細は聞かないことにしておくよ。見てのお楽しみだ」
「ククク……ファンタスティック☆ジェニファーが作り出す世界を御覧になれば、きっとジョーカー様も満足されるでしょう!」
「それは楽しみだ。期待しているよ」
「あぁ……生きた森と死んだ森が同じ場所に存在する……想像するだけで美しい!!!」

 褒めているとだんだんとテトラが自分の世界に酔いしれている。
 このまま完全に酔ってしまう前に、ジョーカーは次なる話題を素早く取り出した。

「さて、話がもう一度変わるが……。あの捕らえた娘は今どうしているのかな?」
「……はっ!? ……あ、あぁあの小娘でございますか! どのような改造を施してよいのやら、まだ見当が付きませんので暫くは我輩の手元で使おうかと!」
「ふむ。逆らえない状況にはしてあるのだから、一度彼らと接触させて能力を確かめるのも良いだろう」
「勿論でございます! 今の所はその方向で計画を進めておりますので!」
「結構なことだね。……それで、今は何をさせているんだい?」

 ジョーカーの問いに、テトラはにやりと笑みを浮かべて。

「後始末、でございます」

 そう答えた。




「あー……」

 クラウゼル城最上階の、破壊された一角。
 自らが完全にぶち壊してしまった階段を、ルーシーは渋々といった調子で修理していた。
 無論修理しているのは彼女だけではない。
 周りでは中身の入っていない鎧達が何体も忙しなく動いていた。
 ジョーカーの魔力によって動くリビングアーマー。
 
「………………」

 黙々と作業を続ける彼らの手際は実に鮮やかである。
 別のところに視線を向けてみれば、様々なところで見張りを努めているリビングアーマーの姿を確認できた。
 
「何でもできる便利な鎧、ってやつか。……料理までしたりするのか?」

 この鎧達がキッチンに立って料理をする姿を想像しようとしたルーシーだったが、とても無理な事だった。
 苦笑し、頭を振る。
 
「……まさか、な」

 第一にどうやって味をみるのだ。

「………………」

 首元に手を当てる。
 そこにはチョーカーが着けられていた。
 黒い皮でできたそれの感触を確かめるように、指先で撫でる。
 あの奇妙で派手なメイクの男、テトラに無理やりつけさせられた品だった。
 一時間ほど前に交わした、テトラとの会話をふと思い出す。




「逃げようなどと考えないことだな。……やりたければ止めはしないがね」
「……どういう意味だ」
「君には詳しい話をしてもわからないだろう。……あぁ、そうだ。試しに私を殴ってみたまえ。……勿論本気でだ。これは命令だ」
「………………!」

 ジョーカーの配下であるこの男に手加減をする理由は無い。
 ルーシーは拳に力を込め、テトラの顔面を殴り飛ばそうと一歩踏み出す。
 しかし。

「やめろ。これは命令だ」
「っ!? な、に……!?」
「できないだろう?」

 テトラは口の端を吊り上げ笑っている。
 数分の経過をもってしても、ルーシーはテトラに向かってそれ以上一歩も踏み込むことができなかったのだ。

「何を……した」
「安心したまえ。君の身体に何かしたわけではない」

 今はな、と聞こえないように呟いてからテトラは続ける。

「そのチョーカーは絶対服従を可能とする物でね。着けている限り君は、ある単語を使われると従わざるを得なくなる」
「っ!」
「無駄だと言っておこう」

 首につけられたチョーカーを力任せに引っ張り始めたルーシーだが、その様子をテトラは可笑しそうに眺めていた。

「さぁ、最初の仕事だ。君が破壊した階段の修復を行ってもらう」
「ふざけっ……」
「これは命令だ」
「っ……!?」

 反発する意思は勿論あった。
 だがその意思とは裏腹に、ルーシーの身体は丁寧なお辞儀をしてみせると、勝手にどこかへと歩き出していったのだ。
 何か見えないものを相手に抵抗しているルーシーの後姿を眺めながら、テトラはもう一度唇の端を上げ、笑った。




「………………」

 取れないことはわかっているのだが、ついつい力を入れて引っ張ってしまう。

「呑気なものだな」

 女の声が背中に掛けられた。
 面倒くさそうにルーシーが振り向くと、そこにはミネルバの姿。

「……そう見えるか?」
「実に呑気だろう? 頼まれた仕事もせずに、取れもしない装飾を引っ張っている貴様の姿は」
「ふん――!?」

 憎まれ口の一つでも返してやろうかと思った矢先、山が丸々一つ崩れ落ちたような音が辺りに響き始めた。
 それは、下方から生まれている音だとルーシーは気づく。
 ミネルバが涼しい顔をしているところを見ると――仮面をしているので口元しか見えないのだが――この城で何か起こっているわけではないと判断することができる。
 そうなると音の出所は一つしかない。
 慌てて地上に視線を向けると。

「なっ……!?」

 一つの街が丸ごと、地面から引き離されて浮き上がっている光景が飛び込んできた。
 あっという間にそれは近づいてきて、クラウゼル城に寄り添うような形で浮遊を始める。
 遠くてよくわからないものの、町のほうでは人らしい影が忙しなく動き回っているようだった。
 
「編成は完了しているな?」

 修復の作業を続ける連中とはまた違う鎧がいつの間にか訪れている。
 ミネルバはその鎧に問いかけたあと、満足そうに頷いた。

「開門せよ。制圧に移る」
「制圧……!? あそこに居る連中をどうする気だ!?」
「愚問だ。……さぁ、貴様も仕事を怠けていないで働け! これは命令だ!」

 ルーシーの問いかけを一蹴し、逆に彼女に命令した後、颯爽とその場を去っていくミネルバ。
 
「くっ……!」

 チョーカーの効果は、つい先ほどその身をもって味わったばかりだった。

「ちくしょお……!!!」

 新たに浮かび上がってきた街、サントシームが徐々に制圧されていく様を横目に眺めながら、ルーシーはミネルバの命令どおり階段の修理を続けなければならなかった。
 



「くく……。くじけずに進むんだ……そして……」

 ひっそりとした王座の間。
 ジョーカーは王座に深く腰掛け、くつくつと笑った。



[39] アムニ王国へ。 投稿者:ベル MAIL (2008年02月14日 (木) 07時05分)
「王子……」
「ジョーカーめ……!!!」

 サントシーム「だった」場所へ一行は戻っていた。
 抉り取られたそこには、巨大な穴が広がっている。
 穴の中央には、何頭かの馬に、それを連れていた主人と思われる人間が横たわっていた。
 パニックに陥り、既に浮上していた街から飛び出して。
 そこから先どうなったのかは、目の前にいる彼等の死骸を見れば直ぐにわかった。

「無茶苦茶しやがる……」

 ラウルが呟き、そして上空を見上げた。
 空には黒い点が、二つに増えていた。
 
「街の人たちは……? 一体どうなって……」
「……無事であることを祈ることしかできないよ、今の僕達には」

 ファルにそういわれ、押し黙ってしまったルクラの表情は暗い。
 ルクラだけではない、誰もがショックを抱いていた。
 つい先日までこの街で日々を過ごしていた人間が大半だからである。

「……皆、聞いてくれ」

 ジャスティンのその言葉に、皆は我に返る。
 彼の顔には、静かな怒りが刻み込まれていることがはっきりとわかった。
 その怒りを無理やりにでも抑えながら、ジャスティンは語ろうとしている。

「このまま森に戻ったとしても、あの蔦や壁を突破することができるとは僕には思えない。……植物を除去するような薬、それを手に入れるという目的は変えない」
「では、どうするのでしょうか?」
「アムニ王国へ向かおう。この平原を西に行くと国境が見えてくる。そこを超えて。……今から歩けば、夜には着けると思う」
「他に手段は無ぇだろうしな。俺は賛成」

 他の連中に顔を向けるラウル。
 皆こくりと頷く。

「反対はいないぜ」
「……ありがとう。休憩は取らない。だが、その分暫くペースを落として進む。……さぁ、行こう!」

 ジャスティンが先頭に立ち、西へ向かって歩き出した。
 彼に習い、一人、また一人と歩みの列に加わりだす。
 何人かは、抉り取られたサントシームがあった場所に視線を向け、表情をくらませていたが、やがてしっかりと前を向いて歩き出した。




 国境を越えるためにただ歩き続けるジャスティン一行。
 横手には、あの不気味な森が見えている。
 会話は無い。
 誰もが、僅か数時間前の出来事を思っているためだった。
 突如クラウゼル城と同じように浮き上がったサントシームの街。
 あのような芸当ができるのは、そして行ってしまうような存在は、彼等の考えでは一人しか思いつかなかった。
 他でも無い、ジョーカーである。

「(必ず……お前を倒す)」

 真正面に眼差しを向けて、口を真一文字にきりりと結び、ジャスティンは思う。
 既に国境となる、横長い壁のような造りの砦が見えている。
 
 
 ここでふと、通してくれるだろうかという不安がよぎった。
 しかしそれは、数秒で掻き消される。
 身分の証となるような品を一切持ち出せなかった状況で、この宝剣アフトクラトルの存在は有難いものだった。
 神の力が宿ると称される品物である、アムニの人間であってもその存在を知らぬものは居ない。
 それに、ジャスティンとラファエルは何度もアムニ王国へ訪れたことがある。
 つい最近、一ヶ月ほど前にも交易に訪れたばかりだった。
 あの国の兵士ならば、顔ぐらい覚えているだろう。
 そんな考えを抱きながら、徐々に砦へと近づいていた時だった。

「……?」
「……王子」

 ジャスティンがぴたりと足を止めてしまった。
 ラファエルは不思議な顔をするかと思えば、至極真面目な顔でジャスティンに習う。

「おいおい、どーした?」
「な、何か忘れ物ですか?」
「……忘れ物って」
「ルクラ……それはきっと、いや、絶対違うと思う」
「そもそも穴だけになったあの場所に何を忘れることができるんだい?」
「……様子がおかしい」

 遠くにあるため詳しいことはわからないが、じっと目を凝らして少しでも情報を得ようとしているジャスティン。
 砦の前には、多くの馬車や、それを引く馬が止まっている。
 門は開いているのに、何故あそこで止まっているのか?

「……確かに妙ね……」
「通行を規制されている雰囲気でもありません……。それに、馬を操る人たちが一人も居ないのはどういうわけでしょう?」
「何時でも戦える準備をして置いてください。万が一と言う可能性もあります」
「ま、万が一って?」
「ジョーカーが現れてからと言うもの、魔物の活動が活発になっているのは皆さんもご存知かと思います。……その勢いに便乗して人間、つまりは賊の連中もその勢力を拡大しているとの話なのですよ」
「つまりはあの砦の兵士がコテンパンにのされて、賊の奴等に占拠されてるかもしれねぇってことか」
「迷惑な話だね」
「全くです」

 ラキスの呟いた一言に、盛大なため息一つと一緒に返したラファエル。
 何時でも自らの獲物が抜き放てるよう、一度確認してから、再び一行は国境へ向かって歩き出した。




「これは……」

 目の前に聳(そび)える巨大な壁の前へ到着した一行。
 あちこちに止められた馬車の車体や、地面に残されたある痕跡を見つける。

「……血液だな。ニンゲンの物だ……」

 指先で掬い取って眺めたジンはただそれだけを告げる。

「おいおい、万が一が本当になっちまったか?」
「そ、それじゃあっ……、悪い人がここを占領して……!?」
「大方、サントシームから逃げ出してきた人間を片っ端から捕らえたのでしょう。……財産をみな持ってきているのだから、あちらからしてみればいい獲物だったでしょうね」

 そう語るラファエルは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「賊が居ることはわかったけど、やることは一つしかないよね?」
「勿論だ。……何が居ようと、アムニ王国へ行かなければならない」
「もしかすると、捕らえた人間をどこかへ監禁しに一旦戻っているのかも知れないし、楽に突破できる可能性も無いわけじゃないね」
「クロス様、風を……読む? という能力ですか、それをここで使えませんか?」
「さっきからやってるんだけど……流石に物体と人間の区別はできないよ。ピクリとも動いていないだけかもしれないし、それがただの箱だったりするかもしれない」
「とにかく、門へ近づいてみよう。クロス、そのまま風を読んでおいてくれ、何か不審な動きがあれば直ぐに」
「了解」

 辺りを警戒しながら、開きっぱなしの門へ近づいていくジャスティン達。


 門まであと二十歩というところまで辿り着いたときだった。

「来るよ!」
「きゃっ!?」
「っ!」

 クロスの言葉が響いた数秒後にざく、ざくと土が抉れる音が何度も響いた。
 それは、ジャスティン達の足の目の前に突き刺さった矢が発した音。
 何本かは、ゼーレとルクラの足があったところに突き刺さっていた。
 ゼーレは一歩引いて軽く避けていたのだが、ルクラはラウルにローブの襟を捕まれ持ち上げられて避けることができた。
 砦の上から弓を構える男女が数名姿を現している。

「危ないですね」
「あ、ありがとうございます……」
「何本か威嚇になってねーぞ下手糞」
「よぉっこっそ国境えぇー! ただいま通行止め、女と身包み置いて男だけお帰り下さいってかぁー!」

 更に開いた門の奥から姿を現した男。
 続いて剣や斧を構えた男達が次々と現れる。
 容姿もまばらで、ありあわせの装備といった感じの集団。
 どう考えても、この砦を守護する本来の持ち主達では無いだろう。

「あぁ、なんと言う聴きなれた三流の台詞。……悲しいぐらいに汚らわしい賊ですね」
「……あぁいう台詞を吐く人間って……皆同じ顔に見えるのよね……不思議……」
「断る! 帰るわけには行かないし、お前達の言うことなどには従えない!」

 後ろでズタボロに言っているラファエルとヴァールは置いておいて、ジャスティンは声を張り上げた。

「ジャ、交渉決裂ゥッ!!! タダの賊だと思ってっとイテェー目みるぜェー!?」

 言うが早いか、奇妙なイントネーションの男は、笛を取り出し吹き始める。
 奇妙な、どちらかといえば不快になる類の音色が響き始め。


 五月蝿い羽音を立てて、巨大な蟷螂が二体、何処からともなく飛来してきて砦の前へ降り立った。

「魔物……!?」
「あの男が笛を使って操っているのでしょう。……賊の連中はそれほど腕は立たないと見ます」
「あの蟷螂頼りってことか」
「威嚇射撃もまともにできない連中です。ですが、弓手が厄介なのは変わりありませんから、先に潰してしまいましょう」
「だがみんな、油断はしちゃだめだ! ……行くぞっ!!!」
「男だけ引き裂いちめェーッ!!! やるぜェー手前ラァーッ!!!」




 耳障りな男の絶叫を合図に、国境での戦闘の火蓋は切って落とされた。



[42] 狂気、恨み、負の感情 投稿者:卯月 (2008年02月15日 (金) 00時21分)
「…久しく…ニンゲンの恐れる顔を見れるか…」

そう呟いたジンは銃をホルスターから抜き先ず、一発。
斧を持った賊の頭を吹き飛ばし主を失った身体を掴み盾とする。

早速其れで、先ず牽制。
恐怖で動きを止めるのも戦術。

瞳孔の開いた奴が血塗れになって笑ってるってのも恐ろしいだろう?




「やっぱり、アイツは狂ってるな…」

ラウルは言う。
今まで場数を踏んできているがあんな怪物染みた奴を見るのは余り無い。
大体、ああいう類の奴は周りとは空気が違う。

そんな事を考えつつ一撃で賊を牽制し更に膝蹴りを加え怯ませる。
見事なもので一連の動作は素早く良く鍛錬されたものだった。






「ニンゲン、死ぬ前に一言…言え。貴様は亜人を殺したか…?」

一人の賊の頭を踏みつけつつ銃を突きつけながら言う。
加熱した銃身を当てられている為に焦げた匂いがする。
その質問に賊は笑いながら答える。
 

「女を何人か殺したぜぇ?奴等の怯える顔…最高だったッ!」

賊はそう叫ぶ。
瞬間、ジンの目付きがいつも以上に悪くなる。
怒ってしまった様で。
銃で撃って一撃で殺さずに頭を踏み潰そうとしている。

「死ぬのが…怖いか?ニンゲン…」

薄ら笑いを浮かべながら言う。
ニンゲンの苦しむ様を見て笑っている。
良い様だと。
下衆には丁度いい死に方だと。

痛みの余りに口を利く事すら出来ぬ賊。
其れはジンにとってただの腹立たしいモノであり。

「亜人の苦しみが解るかッ!
         貴様等の様な下衆共の所為で虐げられ…」


「皆…死んで逝くのだ…」

そうジンが言う頃には賊の頭は踏み潰され血と脳髄を撒き散らして死んでいた。
其のすでに動かない体に向けて何発も銃弾を撃ち込む。
最終的にはバラバラになってただの肉塊と化した。
頭だけを残して。

赤い水溜りの中心に立つジンは正しく鬼。
そして頭を拾い賊に向けて投げ付ける。

「次に…こうなりたいのは誰だ?」

と。
瞳孔の開いた瞳が賊を捉えた。
狂気の混じった笑みを浮かべながら。



[43] 牢屋送り、或いは地味な風貌の剣士 投稿者:水鏡 聖牙 (2008年04月20日 (日) 18時24分)

「…別に悪い事をしようと来ている訳じゃないんだけどな」

 寝つきが悪かったのか、それともつまらなかったのか、ファルは溜め息と一緒に欠伸をした。

「だったら、おねえさんが良いコト―」
「丁重にお断りさせて頂きます」

 女性弓手の一人が矢を射ったが、ファルはそれを素早く交わして懐に飛びこむと、剣の柄で殴りつけた。
目を大きく見開き、そして倒れて瞳を閉じた。

「さて、次は―」
「蒼い髪に茶色いコートに地味な風貌…違ぇねぇな…!」
「あぁ…牢屋送りだ…!」

 ファルは次に目の入った剣と斧を手にした男二人に視線を送った。
“牢屋送り”とは、ファルの“殺さずして敵を倒す”と言う戦い方から異名が付いたものらしく、
サントシーム近辺の賊にとっては恐れられる存在…と言うことらしい。
もしかしたらこの賊のみに通じる言葉なのかもしれないが。

「地味な風貌は余計だ。どうします?今なら見逃しますけど」
「な、な…なめんじゃねぇよ!
 俺達がどんな信念と思いの下に賊をやってるか―」
「知ったことじゃない」

 賊は足を震えさせながら、絞り出すように声を荒げた。
それを遮るかのように、ファルは割りこんだ。

「は?」
「そんなことは僕の知ったことじゃない、と言っているんだ。
 どんな信念だろうと思いだろうと、今の僕には関係無い」
「す、凄い剣幕ですね…」
「…早く終わるならそれでいいよ」

 ルクラは遠くからその様子を眺めていた。クロスは早々とこの場を立ち去りたいらしい。
彼の脳裏にはアムニの宿屋のベッドに飛び込んで寝たい、と言う気持ちが先を行っているようだ。
 ファルの立ち振る舞いには隙があったのかもわからないが、賊は手出しをしなかった。
寧ろ出来なかったのかも知れない。

「……ふ…ざっけんなぁっ!」
「残念だ。死にたくない、とは思うけど―」

 ファルは飛びかかって来た斧戦士の太刀筋を見切り、回避してからようやく剣を抜いた。

「生憎、今日の僕は諸事情により機嫌が悪い。コレばっかりは運が悪かった、としか言えないね」
「が、は…っ」

 斧戦士の脇腹を切り裂き、そして倒した。暫くもがいた後、動かなくなった。
ファルの言葉とは裏腹に、結局気絶しただけのようだ。

「…さて、次にこうなりたいのは―」

 剣士を睨んだ。それに怯えてその剣士は斧戦士と剣を置いて走り去った。
何か言っていたが、それは言葉になっていなかった。

「―そんな生半可な覚悟で、賊は務まらないのに。
 …そう思いません、ラファエルさん?」
「何故私に意見を求めるのですか」

 とりあえず、賊の置いていった剣を拾いながらファルは問い、
ラファエルは半ば呆れながら返答をした。

「それよりも、目の前の蟷螂の方が肝が据わってる。
 とりあえず、“御主人様”の為に逃げ出さずに働いていますから」
「はぁ…」

 ラファエルはもうその話は勘弁して欲しい様子だ。
目の前の敵に集中しろ、と促しているようだ。

「…それにしても、大き過ぎだろうに」
「全くです…何を食べたらこんなに…」
「きっと何を食べてもこうはならないよ。残念だったねルクラ」

 ルクラの呟きの真意はそういうことだろう。
そう推測してクロスはルクラをからかった。
ルクラは顔を真っ赤にして、元に戻ったかと思うと、そのままうな垂れた。
クロスは内心“分かり易い子だ”と思ったに違いない。

「見た感じ、硬い皮膚のようだ」
「そんなモン、ぶっ潰しゃあいいんじゃね?」

 ジャスティンは静かに敵を分析した。
それにラウルは打開策を提案した。

「名案ですね。では頑張って下さいラウルさん」
「オレかよ」
「僕達の二の腕見て下さいよ。あんなの“ぶっ潰”せます?」

 ファルはそれに賛同して提案者に戦うように言った。
反論したラウルに、ファルは二の腕を見せた。
これでは確かに無理そうだ。

「いや、お前等も頑張れよ!」
「…わかりました、僕等も協力します。…影ながら」
「しっかり働けよな…!」

 ファルは妥協したらしく、ようやく構える。
危うく言い包められそうになったラウルは唸るような低い声で言った。
それに合わせてクロス達も構えて、詠唱などを始める。

「…緊張感ないわねぇ」
「全くです」

 ヴァールは呆れつつもその光景を楽しみ、ラファエルは溜め息をついた。
“これで本当に大丈夫なのか”と言う意味を含めながら。



[44] 外道の決意 投稿者:卯月 (2008年04月25日 (金) 21時21分)
「…良いザマだ。」

ジンが返り血を拭いながら呟く。
周りには足を撃たれて呻く賊が六名。
中には膝の辺りから足が無い者も。

「…頼む、殺さないでくれッ…」

「…あぁ、殺さないさ…生きて苦しめ。」

刹那、残っている方の足を撃ち吹き飛ばす。
悲鳴と成らない声を上げてのた打ち回る賊を見て薄ら笑いを浮かべる。
忌むべき人間が苦しむ姿は愉悦。

装填、発砲、装填、発砲、装填、発砲、…

十二本の足が主を失い転がっている。

戦いと言うよりも虐殺。
ウルフの時と同じくゴミを見るかの様に眺める。

「貴方、本当に外道ね。」

「…何とでも言え…」

ヴァールに貶されるも気にせずに次の弾を装填する。
撃つ訳ではなく用心の為にだ。

そして、ゆっくりと再び敵へと向かう。
恐らく彼の手に掛かれば他の賊もあの様になるだろう。

だが、あの様な光景は創られる事が無かった。
“ゆっくり”と敵に向かったからだ。

隙を見せたが為に矢がジンの腹部を貫く。
次の矢が右胸に突き刺さる。
同時に鮮血が噴出し血で濡らす。

苦悶の表情を浮かべる事も無く矢を引き抜くと吐血する。
血が逆流した。

「…もう、良いか…」

其れだけ呟くとその場に座り込んで向かってくる賊を見据えた。
この男、やはり生に執着が無い様だ。
生きる意味が無いのならば死ぬ方が楽だ。

そう思っていた。
ジャスティンが来るまでは。

「ジン、君に死なれては困る。戦力が大きく削がれる。」

―やはりか、この男も亜人を道具だとしか思って居ないのか…

口には出さずにそう思い微かに殺意が沸く。
所詮は人間か…矢張り敵なのか。
ならば此処で殺そうか。

「それに君には森で助けられた。」

…あの時か。

「だから、今は君を助けたい。」

一方的で其れで居て単純で率直な物言い。
裏の無い言い方。いや、裏はあるのかも知れない。
こう云う人間ならば…信じてみよう。
金で雇った雇われたでは無く心から仕えてみよう。

「…信じてみよう。」

「?」

「…貴様だけならば信じてみるのも良さそうだ。」

そう呟いてジンは立ち上がる。
同時に銃をホルスターに収めてのナイフを抜く。

其れを見たジャスティンは安堵した。



[45] 愚か者は羽虫に変わる。 投稿者:ベル MAIL (2008年04月29日 (火) 02時40分)
「ったく、こんな雑魚相手にマジになんなって。あのデカブツ倒しちまやぁ済む話だろ?」
「こんなところで負傷者とは歓迎できないわねぇ……」

 負傷したジンの姿を見て、ラウルとヴァールは呆れ顔だった。
 大した腕を持っているわけでもない連中に手傷を負わされたという、しかも一番戦闘に関して熟練した腕を持つ――尤も、凶暴化する彼が本当に腕が立つかどうか、ということは、ラウルやヴァールといったある程度の実力を持つ人間にとっては少々疑問ではあったのだが――ジンが、である。
 嫌味の一つ言いたくもなる。

「……問題ない」

 そんな二人の言葉を受けてか、ジンは立ち上がろうとしたのだが。

「後は僕たちに任せるんだ。……無茶は許さない」

 ジャスティンの真剣な眼差しを見て、諦めたように頭を振る。
 そんなやり取りの間、勿論ラファエル達は目の前の敵から視線を逸らしていない。
 ラウルもヴァールも、嫌味を飛ばしているものの、その視線は目の前に居る二体の巨大蟷螂に、その陰に隠れ陰湿な笑みを浮かべた男に向けられていた。

「ったく、別に殺るなたぁ言わねぇけどよ、ソロ活動じゃねぇんだぜ? 周りを考えな兄ちゃん」

 ラウルの言葉に、ジンはのろのろと周りの人間の顔を眺める。
 殆どの人間は、ジンの記憶にある普通の表情――少々物悲しげな雰囲気を漂わせている人間も居たのだが、そこにまで彼は気づけなかった――をしているのだが。

「……!」

 矢張りというかなんと言うか、あの小さな少女、ルクラの表情は強張っていた。
 無理やりに目の前の化物や、一人だけ残っている弓兵を睨みつけているが、顔は青ざめ足は震えている。
 
「隙だらけよ!」

 弓兵が弓を引き絞り、そして矢を放つ。
 だが、それは一行に届く事も無く、いきなり地面へ起動を変えて突き刺さった。

「なっ……なんで……!?」

 うろたえる弓兵の弓が真っ二つになった。
 武器を失った弓兵は、奇妙な悲鳴を上げながらどこかへと逃げ去ってしまう。

「お疲れルクラ」

 蟷螂を見据えたまま、クロスがルクラを労う。
 風を読むことの出来る彼には、ルクラが風を操り、矢を無力化した上に風の刃で武器だけを切り裂いたのを感じ取っていたのだ。
 
「………………」

 ルクラは逃げ去る弓兵の姿をじっと眺めている。
 ジンと視線がぶつかったとき、慌てて自分の仕事を探し、そして実行して、自らが彼に恐怖しているという事実を悟られまいと彼女なりに努力した結果であった。
 勿論その努力は無駄に終わってしまったのだが。

「さぁ、片付けるとしましょうか」
「残るはあの蟷螂だけだね」
「若しくは、使役するあの男を倒してしまえば」

 一行の視線は蟷螂に集中する。

「ヘヘェッ……!!! どーせあいつらはアテにしてネェヨ! コイツ等がいりゃあオレは無敵だゼェッ……!!!」

 奇妙なイントネーションで話す男は、再び笛を吹き始める。
 それに反応するように蟷螂は羽音を五月蝿く立てて、男の前に堂々と立っている。

「さぁて潰すぜ」
「虫は間接、だね」

 ラウルが先陣を切り、それに続いてジャスティン達が一斉に蟷螂に向かって駆け出した。

「………………」
「わ、わたしが……お守りします」

 後に残ったのは、ジンとルクラ。
 震えながらも膝を着いて懐から取り出したハンカチで、口元についた血を拭い始める。
 
「……悪い」

 ジンの素直な謝罪に、しかしルクラは何も言わず、必死にジンの血を拭っていた。



「右よろしくぅっ!」

 左に居る蟷螂に飛び掛り拳を叩き付けるラウル。
 軽く鎌を上げて蟷螂はラウルの拳を受け止めると、もう片方の鎌でラウルの胴体を切り離そうと振るう。
 それをラウルは、叩き付けた箇所を両手で掴むと、腕だけで自分の身体を持ち上げ、蟷螂の腕の上で逆立ちをするような形で避けた。
 空振りの隙を突いて、クロスが風を操り蟷螂の腕の関節目掛けて風の刃を飛ばす。
 
「一本落としたよ」

 クロスの言葉どおり、蟷螂の腕が一本、ずしりと大きな音を立てて地面へ落ちた。

「なっ……」
「何処が無敵だって?」
 
 クロスの嘲笑が投げかけられる。
 見ればもう一匹の蟷螂も腕が一本落ちている。
 男に初めて焦りの表情が生まれた。

「うっ……うるセェッ!!! やっちまえ!」

 男の声に応え、腕が一本落ちたものの蟷螂たちは大きく腕を振り回し、周囲に居た人間を威嚇してから一気に後退する。
 その過程の中で再び腕を振り上げて、そして振り下ろす。
 風が唸り、ジャスティン達を切り裂こうと襲い掛かった。

「面倒だなっ……!」

 クロスが風を操り、相殺を図ろうとしたのだが、別々の方向から一度に発生した不自然な風の流れを、クロス一人で受け止めるには厳しいものがあった。
 鋭い風がジャスティン達の肌を浅く切り裂く。
 
「今のは何とか分けれたけど……何度も使わせないようにしてよ!」

 クロスの言葉は、その鋭い風が凶悪な威力を持つことを意味していた。

「……蟷螂を砦の中に押し込みましょう……」
「どうする気?」
「入り口を見なさい……」

 ヴァールの言葉を受けて、砦の入り口に目を向ける。
 ラウルとファル、そしてゼーレが何かに気づいたのか、瞬時に駆け出した。

「おらおらぁっ! しっかりご主人様を守れよデカブツッ!」
「下僕に任せて後ろに隠れ続けるのは……無様ですね」
「全くだね。いい年してるくせに」

 攻撃の手を休めず、鎌の振り下ろしを阻止すると共に、じりじりと蟷螂を後退させていく。

「何やってんダァッ!!! ぶった斬レェッ!!!」

 蟷螂が後退すれば男も後退する。
 ラウルとファルの攻撃で阻止できない攻撃はゼーレの遠距離攻撃でカバーを行い、男の指示もむなしく、片腕しかない蟷螂は完全に攻撃を封じられたままどんどん砦の中へと押し込まれてしまう。
 しかし完全に蟷螂が砦の中へ入ってしまうと、先ほどまでの猛攻は嘘のように止まってしまった。

「やレェッ!!!」

 その隙を男は見逃さない。
 再び指示を出すと、蟷螂は大きく鎌を振り上げた。
 そして鎌が――。

「なニィッ!?」

 振り下ろされることはなかった。
 狭い砦の中で、身体を屈めないと満足に動けない蟷螂が鎌を満足に振るえるはずは無かった。

「ハッ……一丁上がり」
「周りの状況を良く確認しておきなさい……無能」

 砦の壁に引っ掛かり、最後まで振り落とされることの無かった鎌が、蟷螂の胴体と別れ落ちた。
 両腕の無くなった蟷螂は、攻撃する手段も、当然防御する手段も無い。
 片方の蟷螂の顔面がラウルに叩き潰され、片方の蟷螂の顔面がゼーレの魔力弾によって凍りついた。
 両腕の無い蟷螂はその場に佇み、動かなくなる。

「うっ……ウソだぁ……こんなヤツラに負けるハズがネェ……!!!」
「諦めるんだ。……命までは取らない」
「……クソォ!!!」

 男は逃げたいと思うが、とても目の前にいる人間はそれを許してくれそうも無かった。
 ジャスティン達と、蟷螂の死体を何度も交互に見て、顔を青ざめさせる。

「あのヤロォ……こんなふざけたものを寄越しやがってぇ!!! 話がチゲェだろうよぉー!!!」

 青ざめた顔が、さっと赤く染まる。
 怒りに任せて男は、手に持っていた笛を地面に叩き付けた。
 笛は粉々に砕けてしまう。

「チクショッ――!?」

 そして勢いに任せ雄たけびをあげようとした男の目がかっと見開かれ、そして止まった。

「……あ? どうしたよ、最後ぐらい悲劇の主人公決めさせてやろうって待ってやってんのに中途半端に止めんなよ」
「違います……様子が変です」

 ゼーレの言うとおり、男は目を見開き、身体をくの字に曲げ口から唾液をだらしなく零して。
 
「ガぁ……!? おぉ、おレぇのぉ……カらだぁ……!!!」

 息も絶え絶えにそう呟くと。

「ギャアァァァァ!!!」 

 断末魔が響き渡った。

「うぉっ!?」
「あれは……虫!?」

 突然の事に思わずラウルは一歩退き、散り散りになっていく男の体から一斉に飛び出している小さな物体を見たファルは驚愕した。
 男の皮膚がからからに乾き、その髪が、目が、肉が、骨が……全て羽虫となって消えていっているのだ。

「何が……起こったんだ!?」

 頭の天辺から足の先に向かって、男の身体はどんどん羽虫へ姿を変えて消えていく。
 数十秒もすると、何千匹という羽虫に姿を変えた男だった物は、着用していた衣服だけを残し、消えてしまう。
 羽虫はジャスティン達の横を猛スピードで通り抜け、青空に向かって飛んでいってしまった。

「……なんだったの、あれ」

 目を丸くして、羽虫が跳んでいった方向を眺めていたクロス。
 彼の言葉に、誰も反応しない。
 それも仕方の無いことである。
 僅か数分の出来事、それが一体何が原因だったのか、誰も解らなかったのだから。

「皆さんっ!」

 ただ空を眺めていたジャスティン達の背中に、ルクラの慌てた声が掛かる。
 見ればこちらへぱたぱたと音を立てて――途中に転がっている賊の亡骸には勿論だが視線を向けないように、目をしっかり瞑ったりして――駆け寄ってきている。
 その直ぐ後ろに、ジンが早足で向かってくるのも見えた。

「いっいまなんだか黒い煙のようなものが見えて……! 身体に悪いものじゃないかと心配になって……あ、あの皆さん大丈夫ですか!?」
「……あぁ、大丈夫だよ。あれは煙じゃあなかったからね……」
「そ、それじゃあ……?」
「虫の大群ですよ、お嬢さん。……とてつもない数の、虫です」
「あの男は……どうした……?」
「飛んで行っちまったよ、お空の彼方にな」
「飛んで……お空……?」
「………………」

 ルクラもジンも、妙な顔つきになる。
 今ここにあるのはあの男の衣服に、動かない蟷螂二匹。
 ジンが殆ど撃破した賊の亡骸だけである。
 無言が支配するその場に、自然の風が柔らかく通っていった。



[46] 薄暗い道の先に灯る。 投稿者:ベル MAIL (2008年04月29日 (火) 02時42分)

「後どれぐらい歩きゃ着くんだ?」
「そうだな……砦で少し時間を潰してしまったから、少し夜が深まったぐらいだと思う、このペースなら。……ジンの怪我がそれほど酷くなくてよかった」
「人では……無いからな……」
「だってよ。歩けるかいおチビちゃん?」
「ルクラですっ! 歩けますよっ!」
「おーおー、偉い偉い」
「……馬鹿にしないで下さい」

 ルクラは歩く速度を速めてラウルを抜き去りすたすたと歩いていく。
 それを見たラウルは意地の悪い笑みを浮かべて。

「おっさきー!」

 スピードを上げてルクラを追い越す。
 ルクラは見事にラウルの挑発に乗って更にスピードを上げる。

「ほらほらどーしたー!? 置いていっちまうぞー!?」
「あなたには絶対負けませんっ!」

 遥か彼方まで追いかけっこを開始した二人に、ジャスティン達は苦笑する。
 既に日は殆ど沈み、真っ赤だった空は薄暗い紫色に染まっている。
 僅かに残る太陽の光が辺りを照らしている。

「……解りやすい性格してるね、ルクラって」
「そこは純粋と言ってあげようか」

 苦笑したままファルとクロス。

「ふふ、誰が彼女を背負って街へ向かうか今のうちに決めておきましょうか?」
「それはラウルでいいんじゃない?」
「あ……そうですね。では私達はここで眺めて……」
「……楽しませて貰おうかしら……」
「おっ! なかなか頑張るじゃねぇの!」
「ぜーったい負けませんからぁっ!!!」

 ラウルとルクラの追いかけっこは、暫くの間は治まる気配が無いだろうと誰しもが思う。
 何気なしに前方でちょこまかと動く二人の姿を見ながら、クロスは呟いた。

「夜か……宿が取れるか心配だな」
「……すまない」
「謝らなくていいよ。あの厄介な連中を一人で捌けはしなかっただろうし。面倒なルートを取らずに済んでめでたしめでたし、ってところだね。……尤も、君たちに会わなかったらどうなっていたか正直解らないよ。森があんな事になってるなんて想像していなかったし」

 クロスの言葉に、ジャスティンは少し考えて。

「そういえば……アムニに向かうのにどうして森の中に? まるで方向が違うんじゃないのかい?」
「森を南西に抜けると船着場があるんだよ。古いけどまだしっかりした船が一隻あってさ。それを使ってアムニの領地まで行こうかと考えていたんだ。……この状況なら無断で入ってもお咎めなんて無いだろうし、見つかっても逃げてきたって言えばそれで入れてくれただろうしね」
「船着場……か。……ラファエル、知っているかい?」
「確か……アムニ王国へ、あの森の材木を大量に運ぶための船を泊める場所があったと思います。森を突っ切って大量の材木を運ぶのは非効率的ですからね。その古びた船というのは、所有者がもう居ないのでしょう」
「さっきも言ったけど、森があんな状況だから船着場への道も塞がっていてさ。どうしたものかと考えていたら……」
「……僕たちがたまたま訪れたというわけかい?」
「そういうこと。感謝してるよ」

 薄く微笑んで見せたクロスに、ジャスティンも笑みを返す。
 
「……王子」
「ん?」

 前方をしっかり見据えたまま、少し低い声でラファエルが声を掛けた。
 ジャスティンも同じ方向を見る。
 先ほどまで追いかけっこをしていたラウルとルクラが、何者かの一団と一緒にジャスティン達のほうに歩いてきていた。

「客だぜ」
「ア……アムニ王国の……へ、へいたいさんだそうです……」

 涼しい顔のラウルに、皆の予想通りすっかりばてたルクラ。
 自然と一行は足を止め、近づいてくる一団と向かい合う。

「……国境を越えてきたのだろう?」

 ひときわ目立つ、厳つい甲冑に身を包んだ騎士が低く重い声でジャスティンに尋ねる。
 鎧を身に着けたほかの騎士達の目つきは、少々鋭い。
 ジャスティンは一歩踏み出し、答えた。

「その通りだ。……僕はクラウゼル王国第一王位継承者、ジャスティン=B=クラウゼルだ。ある事情があってアムニ王国へ向かっている」

 騎士たちに動揺が走る。
 甲冑の騎士はそんな騎士たちを数秒睨みつけて騒ぎを押さえつけてしまうと、再びジャスティンの方に向き直り。

「なるほど。……それを証明する品はお持ちかな?」

 先ほどと変わらぬ、低く重い声で再び問う。

「……これでどうだろうか?」

 ジャスティンは腰に携えた剣、アフトクラトルを静かに抜き放った。
 薄暗い中で、宝石細工のようなそれはどこか神々しい雰囲気を変わらずに放っている。
 再び、騎士たちに動揺が走った。
 甲冑の騎士は静かに、そして深く頷く。

「その奇妙な形状……何より、その雰囲気。模造品とは考えられんな。……宝剣アフトクラトル、か」
「……これで証明になっただろうか?」

 甲冑の騎士は、数秒の沈黙の後、その場に跪いた。
 慌てて後ろに控えていた騎士たちも次々と跪く。

「このような油断のできぬ情勢ゆえ、疑うことは仕方の無い事ではありましたが……ご無礼をお許し下さい。私はアムニ王国騎士団第4小隊長のアーメットと申します。……国境の警備からの連絡が途絶え、確認に向かおうとしていたところ貴方方と出会った次第です」
「……頭を上げてくれ」
「はっ」

 ジャスティンの言葉に、騎士たちは素早い動作で立ち上がる。
 
「……国境か。……言いにくいが、僕たちが訪れたときには、既に賊たちに占拠されていた」

 顔をしかめて話すジャスティン。
 甲冑の騎士、アーメットは驚いた様子だった。
 
「なんと……! しかし、その状況でよくここまで来ることができましたな……」
「雑魚だったからな。かるーく片付けておいたぜ?」
「……死体の始末はしていないから……お任せするわ……」
「私達の国の問題であるのに、片付けていただいて申し訳御座いません。……ロフォカレ」
「はっ」

 アーメットに呼ばれた一人の騎士が前に進み出る。
 ブロンドの、一部の髪が前方に飛び出ているオールバックの青年。

「貴殿にはジャスティン様ご一行の護衛を申し付ける。アムニ王国までの道中ジャスティン様、そしてそのお仲間に傷一つ付けるな」
「はっ……承りました」
「では、ジャスティン様……私達は国境へ向かいますゆえ。……この時刻になりますと魔物も多く出没しております。道中の無事をお祈りいたします。……そして、ジャスティン様。我が国の王が貴方をお探しでした。明日にでも城へ向かっていただければと思います」
「……わかった。アムニ王には明日直ぐにお会いする」 

 アーメットと配下の騎士達は、ジャスティン達に一礼をすると、ジャスティン達が歩いてきた道……国境へ向かって去っていく。
 一人残された騎士、ロフォカレは暫くアーメット達を見送っていたが、暫くするとジャスティン達に向き直った。

「では……私めがジャスティン様達を無事にアムニまで送り届けます」
「そこまでしてもらわなくても良かったんだが……、でも、一人増えるのは頼もしいよ。よろしく頼む」
「はっ。……では、参りましょう」

 一礼をすると、ロフォカレはアーメットと逆の方向、アムニ王国へ向けてすたすたと歩き始めた。

「……守れんのか? あれ」
「……同感……」
「しぃっ……。仕事なんだから」
「何処の世界でも部下は辛いわねぇ……」
「内心ひやひやしてるだろうね」
「そうですね……、怪我をしないように私達も気をつけましょう……」
「ありがたいのですが、ね」
「……皆さん、ものすごく失礼です」

 ロフォカレに対して目茶苦茶な云い様な一行に、ルクラは顔をしかめた。
 
「ところでおチビちゃん、歩けんのか?」
「あ、歩けますって!」
「ほんとかぁ? ……おーい!」
「はっ?」

 ラウルに呼び止められ、ロフォカレは再び戻ってくる。
 
「どうされました?」
「いや、このおチビちゃんがもう歩けないってグズっててよ。……背負ってくんね?」
「なっ!? 何言ってるんですか!?」
「しかし……私は皆さんを護衛する任務が」
「だーいじょうぶだって! 傷一つつきゃしねぇよ」

 暫くロフォカレは考え込む。
 どうしたものかと決めかねているらしい。

「……困ってる子供助けんのも騎士の仕事だろ?」

 ニヤニヤ笑っているラウルの顔を見れば決意にまでは至らなかったのだろうが。
 それを見ていなかったロフォカレは小さく頷いた。
 
「……わかりました。……さ、私の背中に」
「えぇっ!?」
「ほれ、甘えろよおチビちゃん」
「で、でも」

 既にロフォカレはルクラに背を向けしゃがみこんでいる。
 
「さぁ、どうぞ」
「………………おねがいします」

 このまま自分が渋って相手に恥を掻かせてはいけないと言うルクラの妙な思考は、ロフォカレの背中にしっかりと収まるという決断を下していた。

「しっかり捕まってくださいね」
「は、はい」

 ラウルはこれ以上ないぐらい意地悪な笑みを浮かべている。
 そしてルクラはこれ以上ないぐらい真っ赤な顔でラウルを睨んでいる。
 当然ながら凄みはない。
 
「では、護衛は……」
「大丈夫だ。……自分の身は自分で守れるからね」
「そうでなければ、こんな場所に来ていないでしょう」
「畏まりました。……では、行きましょうか」

 新たに一人の護衛を加え、ジャスティン達は道を行く。
 遠くにはもう、アムニ王国の城壁にある篝火が煌々と燃えているのが解る。
 



「特に何事もありませんでしたね。……長旅お疲れ様でした。私からも、国境の賊を退治していただいたことにお礼を申し上げます」

 ロフォカレの言葉どおり、道中特に何かが起こることもなく、ジャスティン達は無事に目的地、アムニ王国へ到着していた。
 夜が深まる時刻、サントシームと違ってここは活気があった。

「当然のことをしたまでだよ。……あそこに本来居た兵士が何処に行ったか気になるが……」
「国を守るという使命のために戦ったのです。……無論、死ぬのが本望ではないでしょうが、国のために戦った彼らを私は誇りに思います」
「ま、まだ死んだと決まったわけじゃないですよ!」
「……そうですね。申し訳ありません。……今日の宿へご案内いたします」
「こんなに人が居んのに泊まる所があんのか?」
「少々権利を振り回す形になりますが……仕方がありません」

 ロフォカレに案内されるまま、ジャスティン達はアムニ王国の城下町を進む。
 そして到着したのは、ひときわ大きな建物。
 蔦が絡みついた看板は、そこが長年の歴史を持つことを意味している。
 しかし、古びた感じは全くせず、開いた扉の奥には豪華絢爛な飾りが輝いているのが見えた。
 ロフォカレはその建物へ迷うことなく入っていく。
 ジャスティン達も雰囲気に圧倒されながらも、彼の後を追う。

「最上級の部屋を。……十人だが」
「はい、十名様ですね。御座いますよ」

 ロフォカレは懐からエンブレムを取り出すと、受付の人間に見せて話を続けた。

「……請求は騎士団へ送ってくれ」
「畏まりました。ではこちらに……」

 受付の人間も慣れた手つきでなにやら紙を取り出すと、ロフォカレは素早く駕ペンを使い何かを書き込んでいく。
 
「確かに、頂きました。鍵をお渡しします」
「ありがとう」

 受け取った鍵を、ジャスティンに手渡し、ロフォカレは微笑んでみせる。

「お金のことは気になさらないで下さい。……旅の疲れをしっかりと癒し、また明日城でお会いしましょう」
「すまない、助かるよ。……では、また明日」
「お待ちしております。では、私めはこれで」

 一礼をジャスティン達に行うと、ロフォカレはきびきびとした動作でその場を去っていった。
 ジャスティン達はロフォカレの姿が見えなくなるまで見送って、そして手元に残された鍵に視線を移した。
 鍵の数は五個。
 それを考えると、二人で一部屋ということになる。

「……よし、部屋割りを決めようか。男性と女性別々に分けたいところなんだが……」
「男女のペアが一組できてしまいますね」
「……構わないわ……」
「そうですね。このような場所に泊めて頂けるだけでもありがたいのですから」
「わたしも大丈夫です! ……そうだ! 三人でじゃんけんして、公平に決めましょう!」
「……負けた子が男女ペアに入るのね……」
「はい! ……それでは早速! じゃーんけーん……」

 ぱっ、とルクラ、ゼーレ、ヴァールの三人が同時に手を出した。



[48] Consider 投稿者:聖龍 光神 (2008年06月15日 (日) 23時45分)

「本当に、いいのかい・・・?」


じゃんけんの結果、ようやく部屋割りが決まった・・・のだが



「ええ、大丈夫ですよ。」
「でも、女性の方と一緒の部屋は・・・その・・・」
「ふふふっ、そういうのを気にするのは本来私のほうじゃございませんか?」
「あ、ああ。そうだな・・・」

何の因果か、ゼーレとジャスティンが一緒の部屋になってしまった。
ゼーレのほうは(外見的な)年齢にしては落ち着いているのだが
ジャスティンのほうが妙に緊張してしまっている。
年相応の反応ではあるのかもしれないが、相手の年齢も年齢なので意識するほどではない。
のだが、ゼーレの持つ特有の雰囲気が、妙に意識させてしまう。

「ふふ、やはり私のようなものでも、女性と一緒だと緊張なさいますか?」
「あ、ああ・・・ 城にいたころはそういうのが全くなかったから・・・」
「お城にいたときには、女の方と同じ部屋に寝たことはなかったのですか?」
「いや・・・あったとしても母上くらいだから・・・どうも・・・」
「あら、それでは私が最初ですかね?」
「まあ、そうなるかな・・・」

ゼーレはクスクスと笑いながらベットに腰掛ける。
それにつられるようにジャスティンもベットに腰掛ける。
さすがは最上級の部屋といった感じで、ベットがふかふかしている。
久しぶりのベットだ。今横たわればすぐ寝てしまうかもしれない。
思わずうとうとしてしまう。

「ふふ、それは光栄ですね・・・私なんかでよかったのでしょうか?」
「え? あ、ああ・・・」

ただ、ゼーレが発した言葉はその眠気を吹き飛ばすほどの一撃だった。

「二人きりだからって、襲わないでくださいね?」
「なっ・・・!」

あまりの衝撃に一瞬言葉を失ってしまう。

「そ、そんなことはしない!」
「ふふっ、冗談ですよ」
「冗談にもほどがある・・・」

ジャスティンががくりと肩を落とす一方、ゼーレはクスクスと微笑を浮かべている。

「ふふふ・・・ それとも・・・」
「そ、それとも、なんだい・・・?」

先ほどの微笑から一変、どこか妖艶な笑みを浮かべ――

「夜這い、しましょうか?」
「っ・・・!!?」

まさかの発言に耳たぶまで真っ赤になってしまう。
同時に何かの危機を感じ、思わず壁際まで後ずさってしまう。

「なっ、ななななな!??」
「クスクス・・・もちろん冗談ですよ」
「ゼ、ゼーレさん!!」
「申し訳ございません・・・ フフフッ」
「まったく・・・ ッハハ・・・」

怒っているのにも関わらず、ゼーレはさっきから笑っている。
それにつられて、ジャスティンもつい笑ってしまう。
そうして笑っているうちに、さっきまで怒っていた気持ちはどこかへいってしまった。

「ふふふ・・・緊張は解れましたか、ジャスティン様?」
「え・・・?」

そう言われて、ふと気づく。
アムニに来てからあれこれ考えすぎて身も心も緊張しきっていた。
それが、この数分の間にいつの間にか解されてしまっていた。

「サントシームの街のことも、土の祭壇でのことも、今日の砦で起こったことも、確かに重要で考えなければいけないことです」

座っていたベットから降りて、ジャスティンに歩み寄り、

「ですが、考えすぎてしまっては、上手くいくことも上手くいきませんよ、ジャスティン様」

優しげな微笑を浮かべて、手をスッとさしのばす。

「・・・ああ、そうだね。君の言う通りだ。ありがとう、少し気が楽になったよ。」
「いえいえ。お褒めに与り、光栄です、ジャスティン様。フフッ・・・」

互いに笑みを浮かべながら手をとり、すっと立ち上がる。

「さあ、そろそろ眠りましょう。明日アムニ王に会うときに失礼があってはいけませんからね」
「そうだね。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ・・・」


こうして、夜は更けていく・・・
このベットならきっと良い夢も見れるだろう。
明日からは、多分辛い現実を見なければならないのだから。











「・・・襲わないでくださいね?」
「だからっ!」




[49] 言葉なんて無くとも。 投稿者:ベル (2008年06月18日 (水) 16時43分)
「………………」
「………………」

 ひたすらに無言。外の喧騒の一つ一つがはっきり解るぐらいにまで沈黙を保った部屋。
 二つ用意された大きなベッドにそれぞれ腰掛けているのは、黒い小人にどこかの令嬢。
 もとい、ルクラとヴァールであった。

「………………」
「………………」

 ルクラは意味もなく焦っていた。
 何故なら、部屋が決まってお互いに挨拶を交わしたっきり、それから一言も言葉を発していないのだ。
 しかも、今は自分がヴァールに背を向けている格好。
 何か話さなければ、何か話さなければと慌てても何も話題は思いつかない。
 何か話題を見つけるまでの時間稼ぎ、などと思って背中を向けたものの、思いつかぬまま振り向いたら変に思われてしまう。
 そんな考えが頭から離れず、ついには緊張で冷や汗まで少しかき始めたその時だった。

「……ねぇ……」
「ひゃっ!?」

 いつの間にか、ヴァールが隣に腰掛けていたのだ。
 思考に集中しすぎて気づかなかったルクラは素っ頓狂な声を上げてしまう。
 そんな彼女を見つめるヴァールの今の姿は、大きな鎧に身を包み武器を振るう戦士とは到底思えないほど儚げなものだった。
 
「……着替えないのかしら……」

 ルクラが驚いた様子にも特に何か反応するわけでもなく、淡々と語るヴァール。
 言われて見れば、いつの間にか彼女は着替え終わっていた。
 まだルクラはあの真っ黒なローブのまま。
 何度か着替えてここまで来たものの、流石に少し汗ばんでいて気持ち悪い感触なのにようやく気づく。
 
「あっ……え、っと……その、パジャマに……着替えます……」
「……そう……」

 ぴょんとベッドから飛び降りて、自分の荷物の場所に向かい、パジャマを取り出す。
 ふと振り返ってみれば、何故かじっと見つめているヴァールの姿。

「……あ、あの」
「……遠慮する必要……ないんじゃないかしら……」
「そ、そうですよね……」

 同姓と言うものの、何故だか絡みつくような視線を向けられているような気がしてならないルクラ。
 かといってそれを証明することも、まさかヴァールに言うわけにも行かず、おずおずと服に手を掛けて脱ぎ始める。
 とりあえずは汗を落としたいので、荷物の中から再びタオルを取り出して、魔力を用いて水を作り出して湿らし、それで身体を拭く。
 じっと見られていると思ってしまうと、何時もやっている事なのに何故か手間取り、結局十数分程度かけてパジャマに着替え終わった。
 ローブと同じような黒を基調とした、黄色い糸で三日月の刺繍が施された可愛らしい物。
 使ったタオルは風が巻き起こる小さな空間を作り出し、その中に放り込んでおく。

「……面白いわね……」
「……? なにが、ですか?」

 無言でヴァールが指差したのは、風の空間の中に放り込んだタオル。
 それを見てルクラは少し笑って――どこか物悲しさを感じるものではあったが――言葉を続けた。

「魔術を使って……乾かしてるんです。ただ戦いのためだけじゃなくて、こういうことにも、わたしの故郷の人は使うんです」
「……そう……」

 再び、沈黙。
 話題がまたも思い浮かばないルクラは内心再び慌てていた。
 かといって今回は先ほどのように背中を向けるわけには行かない。
 ならばと思い切って、ルクラはヴァールの隣に腰掛けた。
 自分から何か話すわけではないので、このまままた無言の時間が訪れるのではという不安はあったが。
 彼女の予想通り、沈黙が続く。

「……?」

 と思えば、ヴァールはルクラの頭をゆっくりと撫で始めた。
 
「……可愛いわねぇ……」
「あ、ありがとうございます……?」

 何故撫でられているのかはよくわからないが、誰かに甘えたい盛りの彼女にとってそれは悪い気分になるような物ではない。
 
「……あなたは、どうしてここにいるのかしら……」
「え……?」

 突然の問いに、ルクラは驚いたようで、思わずヴァールの方へ振り向く。
 じっと見つめるヴァールの瞳に、ルクラも思わずその瞳を見つめ返す。

「……だって……あなたがここに居る理由が……わからないわ……」
「そ……それは」

 困ったような表情で、視線をそらす。

「……い、言えません」
「………………」

 辛うじてそれだけ言って、そっぽを向く。
 向かざるをえない。
 再び彼女の顔を見て何を云えばいいのか、ルクラにはわからなかった。
 この一言が、きっと自分の印象を悪くした、という確信だけはあったが。

「……そう……」
「え……?」

 しかし彼女の確信は見事に空振りした。
 何事も無かったかのように、ヴァールは再びルクラの頭を優しく撫で始めたのだから。


「……ごめんなさい。その……」
「……いいのよ……」

 自分の予想が空振りしたこととヴァールのその言葉だけで、ルクラは一気に体の余計な力が抜けた気がした。
 ゆっくりと目を閉じて、頭を撫でられる感触をじっくりと味わう。

「……あら……」

 いつの間にか眠りに落ち、小さな寝息を立てているルクラに気づいたヴァールは、それでも変わらずルクラの頭を優しく撫でていた。